第五十号発行記念 「ぶどうの枝」雑感

○ぶどうの枝第50号(2019年6月30日発行)に掲載(執筆者:HK)

 創刊号の編集後記には「教会員の皆様方の親睦を図り、信仰をより確実なものとするために企画されたもの」と記されています。
 私は第十号から編集委員に加わるようになったのですが、創刊から編集の中心で、割り付けなどをお一人でなさっていた故S姉の、「様々な事情で礼拝出席困難な方になるべく投稿していただきたい、また『初めて教会に行った時』や『わたしの好きな讃美歌』などシリーズの記事を企画して、多くの方に投稿していただけるように」との教会報を通じて教会員の親睦を図りたいという思いを強く感じました。
 この教会報への思いや編集方針から割り付けなど編集の具体的、基本的なことを滴草姉にいろいろ教えていただき、第三十七号まで担当しました。企画などをK編集長と相談しながら、割り付けは一人の作業でしたが、案外好きな仕事だったようで楽しかったです。また講演会のテープ起こしもしましたが、大変でしたがテープを何度も聞いて要約していくことで勉強になりました。「ぶどうの枝」の編集作業を通して多くのことを学び成長させていただきました。
 印刷は第二十二号までは、並木町にあった活字が並んでいる古い印刷所で、割り付けはこの記事は何ページの何行目までと正確に、また写真はセロハン紙に挟んで、何%拡大、縮小を計算して渡さなければなりませんでした。
 第二十三号からは別の印刷所にお願いするようになり、原稿はUSBで渡し、割り付けも多少のずれは大丈夫で、出来上がりは何日までと指定もできるようになりました。第三十八号からはI兄とK兄が担当され、印刷まですべて外部発注せず発行するようになり、隔世の感があります。

受洗者より 祈りへの道のり 嬉しかった葉書

○ぶどうの枝第50号(2019年6月30日発行)に掲載(執筆者:TA)

 夫と二人、佐倉の地の生活が始まったのは二〇一四年秋のことでございました。
 それまでとは異なった環境、病を得た夫のための選択とはいえ、私にとっては言うまでもなく毎日がとまどいの連続でした。
 そんなとき、ふと想い出したことがございました。幼い頃、何も分からないままに母に連れられ最寄りの教会の日曜学校に通ったり、多感な少女時代心にわだかまりがあったり、沈みこんだりしたときなど折に触れて教会を訪れ、人気のない礼拝堂で十字架を見上げているとなぜか心が静まったこと、東京目白の東京カテドラルで催される月に一度の「パイプオルガンの夕べ」に欠かさず通ったことなどなつかしく、再び教会のドアを押す機会はないものかと思い始めた私でした。
 ある日、それはあじさいの花が咲き誇る季節だったことを鮮明に覚えております。我が家のメール・ボックスに一枚の葉書が入っており、それはA御夫妻連名で私の住むゆうゆうの里で月に一度の集まりの「聖書を読む会」へのお誘いだったのです。
 とてもうれしかった。本当にうれしかった。どれほど読み返したことでしょう。このことに安藤先生のお力添えがあったことを知ったのはしばらく後のことでした。
 にもかかわらず人見知りの私は決心がつきかねて、思いきって集まりに伺ったのはそれから三か月ほどたち、夏の暑さが後ろ姿を見せ始めた頃だったのです。
 そのときの勉強は「詩編五十一編」で、初めての私にも金先生のお話は丁寧で分かりやすく、少しばかり肩に力の入っていた私は、ゆっくりそれが溶けてゆくのを感じておりました。
 そのとき教会への道が開かれたのでした。それ以来気付くと主日礼拝の後、心が少しずつ和んでゆくのを感じ取っている私がおりました。思い立つと矢も楯もたまらず私は受洗を口にしてしまい、この短兵急なお願いにも金先生は快く受洗の学びをお引き受け下さり、祈りの道を歩む準備が始まったのです。
 けれどもお願いした学びにもかかわらず気持ちの揺れ動くことも度々で、あるときは金先生のお話が深く心に染み入り、またあるときは歩みを止めて立ち尽くす日もあって、時計の振り子のような心境に我ながら疲れを覚えたことなどが思い出されます。そんな明け暮れの中で私を支えてくださったのは安藤先生はじめ、A御夫妻、教会でお目にかかった方々のさり気ない励ましのお言葉でした。

 天にある永遠の住みか

 忘れもいたしません。昨年十一月初旬、その日金先生のお説教は「コリントの信徒への手紙二、五章一~一〇節」で、「天にある永遠の住みか」のお話は、それまで求めるものの焦点がはっきり定まらなかった私に答えを与えてくださいました。
 その夜、聖書のそれを何度となく読み返し金先生のお話を考え続け、眠ることなく迎えた朝はいつになく晴れやかで、日々の祈りを怠らず歩んでゆくことを迷わず心に決めた私なのでした。
 穏やかに晴れた春の一日イースター。受洗を迎え、金先生の手のひらが私の頭上にしっかりと置かれたとき、神様の温かな深い御慈愛の御手を感じ、畏れにも似た感動が私の中に広がってゆき、その想いは終生忘れることはないでしょう。
 礼拝の後イースターそして受洗の祝会のお料理は、教会の方々のお心遣いがしのばれて、心の高ぶりがいまだ収まらぬ私は、ともすればこぼれそうな涙とともに味わったことを今も忘れておりません。

 受洗を終えた今、小さな紆余曲折を重ねた日々を想い返すとき、心をこめて申し上げたい言葉がございます。
 金先生 神様にお導きくださいましたこと
  心より御礼申し上げます
  ありがとう存じました

随想 オールド・ブラックジョー

○ぶどうの枝第50号(2019年6月30日発行)に掲載(執筆者:YA)

 若き日 はや夢と過ぎ
 わが友 みな世を去りて
 あの世に 楽しく眠り
 かすかに 我を呼ぶ
 オールド・ブラックジョー
 我も行かん はや老いたれば
 かすかに 我を呼ぶ
 オールド・ブラックジョー

 中学時代に習ったフォスターの名曲「オールド・ブラックジョー」がお気に入りで、英語の歌詞も懸命に覚えたものです。でも当時は歌詞の意味は、英語はおろか日本語でも分かっていませんでした。歌の深い意味を理解できたのは、ずっと後のことです。
 この歌は英語ではGone are the daysと過去分詞で始まりますので、中学生には難しい構文です。それでも中学生の私は訳も分からずに英語で覚えて得意になっていました。
 「若き日はや夢と過ぎ、わが友この世を去りて」は、中学生でも何とか分かります。そして英語では、友は皆綿畑(cotton fields)から去り、もっと良いところに(better land)行ってしまったと続きますが、奴隷の境遇から解放されて天国に行ったという意味は分かっていませんでした。
 奴隷たちは綿畑でつらい労働に明け暮れていました。歌詞の終わりは「かすかに我を呼ぶオールド・ブラックジョー」で、先に天国に行った友が年老いたジョーに「おまえも早くお出で」と呼びかける声なのです。それにジョーは「我も行かん、はや老いたれば」と応じます。英語はI’m coming, I’m coming, for my head is bending low です。自分も年老いた、間もなくそちらに行くから待ってろよ、ということです。
 少年の私は何のことか分からないまま歌っていました。意味を理解したのは洗礼を受けて信仰を深めてからで、それも随分と時間がたってからでした。
 マウント・ヴァーノン(ヴァージニア州)のジョージ・ワシントン(初代大統領)の邸宅跡を訪れたことがあります。ワシントン家が所有していた三百十四人の奴隷たちの住んだ薄暗い小屋が今も残されています。邸内の外れの林の中に小さなお社のような、ワシントンと妻マーサの墓があります。奴隷たちのはなく、記念碑だけがあります。そこには「ワシントン家に仕えたカラード・ピープルはこの辺りに埋葬され、跡形がないのでその人々をしのんでこれを建てる」とありました。
 偉人ワシントンは南部の人で多くの奴隷を所有していました。カラードとは有色人種つまり黒人を指す「非差別用語」で、記念碑が建てられたのは後の時代、黒人が市民権を得た後のことだろう、とそのとき思いました。ブラックとは黒人のことと知らなかったのはうかつな話です。この歌は奴隷のつらい勤めを終えたら、やがて古い友の待つ神の国に自分も行くよという祈りの歌だったのです。
 年を重ねると友人、知人が一人二人と世を去っていきます。「若き日はや夢と過ぎ」るのは仕方ないとして「わが友この世を去りて」は、年を重ねて初めて分かる悲しみです。少年時代に訳も分からずに愛した歌は、今は御国を待ち望む祈りの歌になりました。

2019年6月30日「安息日の主」

○金 南錫牧師
 マルコによる福音書2章23-28節

 本文に出て来るファリサイ派の人たちは、律法をしっかり守ろうとしました。そのために選んだ道は、細則を作り、それを一つ一つ守り抜くということでした。確かに分かりやすい方法です。しかし、律法を厳守しようとするあまり、細則がさらに細分化され、律法が定めていた精神がどこにあったのか、忘れてしまったのです。
 ある安息日に、イエス様が麦畑を通って行かれると、一緒にいた弟子たちはお腹が空いていたのか、麦の穂を摘み始めました。それを見たファリサイ派の人々が、イエスに「御覧なさい。なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか」と非難したのです。
 ここで、ファリサイ派の人々が咎めているのは、麦の穂を摘む行為を、「安息日」に行なった、ということです。イエス様は「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」と言われました(27節)。
 安息日は、神が人のために何をしたのか、神の創造の御業、救いの御業を思い起こして、感謝し、喜び祝う日です。私たちはどのような思いで、毎週、主の日を迎え、過ごしているのでしょうか。
 主日の礼拝は、行かなくてはならないものではありません。それでは、人のための安息日ではなく、律法のための安息日になってしまいます。
 主日の礼拝は、安息の主である主イエスとの交わりです。行かないと、もったいなくて惜しいものなのです。

2019年7月の主日聖書日課から

○ルカによる福音書 15章04節~07節
 「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」
 
○ルツ記 01章16節~17節
 ルツは言った。
 「あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。
 わたしは、あなたの行かれる所に行き
 お泊まりになる所に泊まります。
 あなたの民はわたしの民
 あなたの神はわたしの神。
 あなたの亡くなる所でわたしも死に
 そこに葬られたいのです。
死んでお別れするのならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください。」

○ルカによる福音書 07章13節~15節
 主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。

○ルカによる福音書 07章44節~48節
 そして、女の方を振り向いて、シモンに言われた。「この人を見ないか。わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入って来てから、わたしの足に接吻してやまなかった。あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」そして、イエスは女に、「あなたの罪は赦された」と言われた。

 出所:聖書日課編集委員会編集「日毎の糧2019」(日本キリスト教団出版局、2018年12月1日発行)より作成

2019年6月23日「断食と新しい革袋」

○金 南錫牧師
 マルコによる福音書2章18-22節

 人は年をとるにつれて、古い考えに固定されてしまい、中々新しいことを試みようとはしません。ですから、固定観念を捨てなければ、新しく挑戦することはできないのです。
 私たちの信仰生活も同じです。固定観念のような古い考えを捨てるとき、新しく注がれる神の恵みを受けることができます。洗礼者ヨハネの弟子たちとファリサイ派の弟子たちはしばしば断食をしていました。ところが、イエスの弟子たちは断食をするどころか、しょっちゅう、徴税人や罪人と食べたり、飲んだりしているので、「なぜ、あなたの弟子たちは断食をしないのですか」と問うています。
 その問いかけに、イエス様はご自分を花婿に例え、「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか」と言われました。そして、「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ」と言われています(22節)。
 主イエスがこの世に来られたことによって、古い旧約は終わって、まったく新しい時代が始まったのです。ですから、福音を聞き、受け入れる私たちもまた、新しい革袋にならなければならないのです。そのために、固定観念や自分だけの狭い考えではなく、主イエスのしなやかさを持つ必要があります。

2019年6月23日 婦人会賛美

 本日の礼拝において、韓国のヘセドシンガーズの賛美に対し、婦人会が感謝の気持ちを込めて答礼の賛美をしました。
 一部、韓国語を交えての賛美です。

ヘセドシンガーズの皆さんも大変喜んでくださいました

2019年6月23日 ヘセドシンガーズの賛美

 本日の礼拝において韓国のヘセド・シンガーズ(chesed singers、「神の変わらぬ愛」の意)の皆さんが賛美の奉仕をしてくださいました。
 メンバーには、金牧師の出身教会の方がいらっしゃいます。
 素晴らしい賛美を2曲、感謝します。

素晴らしい賛美でした
伴奏者です
礼拝後、金牧師夫妻を囲んでの記念写真です

2019年6月16日「医者と病人」

○金 南錫牧師
 マルコによる福音書2章13-17節

 私たちの信仰生活には、神様を見失い、繰り返し、間違った場所で探していることはないでしょうか。そのとき、自分の頑なさに蓋をして、どんなに周りを探してみても、あまり役に立ちません。神様を見失った場所で探さなくてはいけません。
 本日の聖書箇所は、神様を見失った人の話です。神様から離れ、心頑なになってしまった人のお話です。それは、徴税人や罪人のことではありません。ファリサイ派の律法学者たちのことです。
 イエス様は収税所に座っているレビを見かけて「わたしに従いなさい」と言われました。すると、レビは立ち上がって、すぐに主イエスに従ったのです。イエス様の招きに応えて弟子となったレビの家で、イエス様は弟子たちと多くの徴税人や罪人と共に食事の席に着かれました。彼らは当時、ユダヤ社会を根底から支えていた律法を守ることができず、不品行な生活を行っていると見なされました。
 この人たちがイエス様と一緒に食卓を囲んでいるということは、ファリサイ派の律法学者たちにとっては、理解しがたいことでした。そして、弟子たちに「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と責めます。
 この批判に対して、イエス様は「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」と答えます。
 ファリサイ派の律法学者たちは、自分たちにこそ主イエスが必要であるということに、気付かないのです。彼らは神を見失いました。神様にとって、正しい人は一人もいないのです。人間はその事に気づかないので、律法学者のように、文句を言いたくなってしまうのです。自分が罪人であることを分からないからです。
 私たちは、もう一度、罪人を招くために来られた主の慈しみと恵み、その愛を覚えたいものです。

2019年6月16日 婦人会公開講座

 婦人会では、中村光夫師を招いて「長崎天草の世界文化遺産から学ぶ:潜伏キリシタンについて」と題してお話しを聞きました。
 改めて、神様の慈しみと恵みの下に生きることを学びました。

スライド写真を使い、分かりやすく説明いただきました
中村師のお話しに皆さん熱心に聞き入りました