○ぶどうの枝第62号(2025年6月29日発行)に掲載(執筆者:金 南錫牧師)
パウロがヨーロッパに渡って、最初に伝道した町はフィリピという町です。パウロたちはフィリピに到着し、祈りの場に向かっていく途中、占いの霊に取りつかれている一人の女奴隷に出会います。彼女はフィリピの人たちに人気があったようです。人々はお金を払って、この占い女の語ることを聞いていました。しかし、彼女は新しくやってきたパウロたちが気になったのでしょうか。パウロたちの後ろについてきて、こう叫びました。「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです」(一七節)彼女が叫んでいることは正しいことです。ところが、彼女はまことの信仰を持って叫んだのではありません。
彼女がこんなことを幾日も繰り返すので、パウロはたまりかねて、彼女を支配している霊に向かって「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け」と命じました(一八節)。すると即座に、占いの霊が彼女から追い出され、占うことができなくなりました。彼女を通して、金もうけをしていた主人たちは憤慨し、パウロとシラスを捕らえ、町の高官たちに引き渡しました。すると、高官たちはちゃんと調べもせず、二人の衣服をはぎ取り、何度もむちで打ってから、牢に投げ込みました。そして、看守に厳重に見張るように命じたのです(二三節)。
この命令を受けた看守は、二人を一番奥の牢に入れて、木の足かせをはめておきました。何度もむち打たれ、投獄されたパウロとシラスは大変な苦しみの中にあったと思われます。よくこのような苦難のときは「夜」に例えられます。信仰生活を歩むとき、時として家族による苦しみ、病気による苦しみ、経済的な苦しみなど、苦しみの夜のときがあります。人はその苦しみの夜に出会うことを嫌います。ところが、人生の夜に出会ったとき、信仰者だけが味わう特権があります。それは、人生の夜に出会ったときにも「賛美することができる」という恵みです。パウロの状況から見ると、神様を恨み、不平不満を言うしかない状況でした。パウロ自身は、アジアで福音伝道をしましたが、ある日、「マケドニア州に渡ってきて、私たちを助けてください」という幻を見るのです。
パウロは聖霊の導きに従い、ヨーロッパのフィリピに渡って福音を伝えました。しかし、その結果は、むちで打たれ、牢に閉じ込められてしまったのです。パウロは「神様、どうして、こんな目に遭わなければなりませんか」と、神に嘆くそういう状況でした。しかし、パウロとシラスは、牢の中で賛美の歌を歌い、神に祈っていました(二五節)。
パウロとシラスの賛美と祈り
真夜中、牢屋の中、二人の傷だらけの信仰者が賛美の歌を歌い、神に祈っていると、他の囚人たちはこれに聞き入っていました。ここに、教会の真の姿が現れていると思います。信仰者の賛美と祈り、それがあれば、そのところが礼拝の場となります。二六節を見ますと、そのとき、「突然、大地震が起こり、牢の土台が揺れ動いた。たちまち牢の戸がみな開き、すべての囚人の鎖も外れてしまった」とあります。
パウロたちの賛美の歌と祈りに応えるように、突然、大地震が起こったのです。しかし、もっと不思議なことは、その地震によって牢の扉が皆開き、すべての囚人の鎖も外れてしまったのに、牢の中から逃げ出す者は一人もいなかったことでした。なぜこんなことが起こったのでしょうか。パウロたちの賛美と祈りを聞いていたからとしか考えられないのです。パウロとシラスが歌った賛美と祈りは、囚人たちの心を深く捉え、逃げなくて構わない自由をもたらしたのではないでしょうか。
この地震に目を覚ました看守は、牢の戸が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったと思い込み、剣を抜いて自殺しようとしました(二七節)。そのときパウロが大声で叫びます。「自害してはいけない。わたしたちは皆ここにいる。」看守は暗いので、明かりを持ってきて、声がする一番奥の牢に向かいました。確かにパウロもシラスもいました。開け放しになった牢から逃げ出す者は一人もいなかったのです。
看守はパウロとシラスの前に震えながらひれ伏し、二人を外へ連れ出して言いました。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」(三〇節)看守は自分に起こったこと、そしてパウロたちの姿を見て強く心を揺さぶられたのです。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」この問いは、全ての人を代表した問いでもあります。
看守の問いに対して、パウロとシラスは「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」と答えました。「そして、看守とその家の人たち全部に主の言葉を語った」とあります(三二節)。恐らくパウロは、主イエスの十字架と復活について語ったと思います。特に私たちの全ての罪を背負って、私たちの身代わりとして、御自分の命を捨ててくださった主イエスの愛について語ったと思います。
讃美歌四九三番「いつくしみ深い」は、主イエスについて、私たちの友であると歌っています。
いつくしみ深い 友なるイエスは
うれいも罪をも ぬぐいさられる。
悩み苦しみを かくさず述べて、
重荷のすべてを み手にゆだねよ。
いつくしみ深い 友なるイエスは
愛のみ手により 支え、みちびく
嘆き悲しみを ゆだねて祈り
つねに励ましを 受けるうれしさ。
いつくしみ深い 友なるイエスは
われらの弱さを 共に負われる
世の友われらを 捨てさるときも
祈りに答えて なぐさめられる。
この讃美歌は、友なき者の友となってくださった主イエスに出会ったうれしさを歌っています。この讃美歌がなぜ多くの方から愛されるようになったのでしょうか。それは、この讃美歌の歌詞と、自分の信仰生活で受けた主の恵みが重なっているからではないかと思います。最後の三三節、三四節にこう書いてあります。
「まだ真夜中であったが、看守は二人を連れて行って打ち傷を洗ってやり、自分も家族の者も皆すぐに洗礼を受けた。この後、二人を自分の家に案内して食事を出し、神を信じる者になったことを家族共々喜んだ」
真夜中という状況は変わりません。しかし、看守の心は嘆きから賛美に変わったのです。洗礼を受けて、神を信じる者になったことを家族共々喜んだのです。
二〇二五年度が始まり、二か月がたちました。今年一年、佐倉教会の歩みはどうなるのでしょうか。また、私たち一人一人の歩みはどうなるのでしょうか。いろいろ心配なことがたくさんあると思います。いろんな悩み、苦しみ、悲しみ、恐れが待っています。でも、夜が深ければ深いほどパウロとシラスのように、より大きな声で神様を賛美し、祈る者となりますように。そしてその賛美の歌とともに、友なるイエスが私たち一人一人を守り、導いてくださる一年となりますよう、祈り願います。
