随想 お空にいったんだよ ひ孫に見送られた母

○ぶどうの枝第59号(2023年12月24日発行)に掲載(執筆者:MO)

 「ママのおかあちゃんのおかあちゃん(おばあちゃんのこと)お骨になってかわいちょう。」
 四才のみいちゃんが言うとお兄ちゃんのゆうちゃん(六才)が「お空に行ったからかわいそうじゃないんだよ。魂になってお空から見ていてくれるんだよ。」と優しく言うとまだ熱い熱気を放つ骨になった母を小さな手を組み、祈りのポーズで二人はじっと見ていたのです。
 火葬場での出来事に私は小さい二人が怖がるのではないかと少し心配していたので驚きました。真剣に手を組み見ている二人に、どこでそのようなことを教えてもらったのだろうと思いました。主人が「ゆうちゃんはストレッチャーで窯に入っていくのをずっと手を振って見送っていたよ。」と教えてくれました。
 後日少し落ち着いたときに娘にそのことを尋ねるとおばあちゃんの状態が良くないと聞いたときから この本をチビ二人には読み聞かせていたんだ。と教えてくれました。
 絵本は、「わすれられない贈り物」(作・絵スーザン・バーレイ、訳小川仁央)です。
 賢くて、いつもみんなの頼りにされているアナグマ。大変歳をとっていて、知らないことはないというぐらい物知りです。だからこそ、自分が死ぬのがそう遠くはないことも、知っていたのです。アナグマは死ぬのを恐れてはいません。だけど、残していく友達のことが気がかりです。みんなへの手紙を書き残したその夜、アナグマは不思議な、そして素晴らしい夢を見たのでした。
 年齢を重ね、経験が増えていくと「死」というものが残された人のものであるということがよくわかっていきます。そして「死の悲しみ」は説明できることなんかじゃない、ということも。
 この絵本は、残していく者と残されていく者を丁寧に描きます。死を迎えるということは、どういうことなのか。亡くなった人とどう向き合っていけばいいのか。正解なんかないからこそ、それぞれが読み解き「アナグマの死」を通して愛情や友情、知恵を受け継ぐ大切さ、それぞれの生き方を考え、悲しみを乗り越える力となる一つの「きっかけ」となるのを願って書かれたと思います。娘が絵本を通して小さい子供たちと話を重ねていたから子供たちも小さいなりに理解し考え、ゆうちゃんが「お空に行って見ていてくれる。」と安心して手を組み見送ってくれたのだと分かりました。
 娘は小さいときから本が大好きで母がたくさん本を買ってくれました。お人形を手作りして娘のお洋服とお人形の花ちゃんのお洋服はいつもおそろいでした。たくさんの愛情をもらって育った娘が 母のひ孫にあたる、みいちゃんとゆうちゃんに本を読み聞かせ、二人が小さな手を組み、ひいおばあちゃんを見送ってくれた。お空から魂になって見ていてくれる、と理解して。これは幸せの循環だと思いました。
 父が亡くなり千葉へ転居した母は、東京にいる孫、ひ孫に会う機会が増え幸せな晩年だったと思います。佐倉教会に転入させていただき教会に居場所があるというのはとても安心すると言っていました。同年代のお友達もできて良い交わりをさせていただき感謝しております。
 特に、TKさんとは同じ施設に入居して知らない土地で生活する上での心細さを埋めていただき有り難いことでした。Kさんに、みいちゃんとゆうちゃんのママである娘と息子のMは中学・高校時代、英文法を習っており、母はKさんと自分の孫の話もできたのです。なんという幸せ。いろんな交わりの中で過ごした母は幸せであったと思います。