2024年3月 教会学校ニュース31号

 3月31日(日)は、イースターを迎えます。
 主イエスの復活をお祝いします。
 主イエス・キリストは、今も私たちと共に歩んでくださるお方です。
 教会学校では、記念にイースターエッグの製作をいたします。
 どうぞご参加ください。

お餅つき会(2024年2月11日)

 日本キリスト教団佐倉教会では、来る2月11日(日)正午から、教会前駐車場において約1時間半、お餅つき会をいたします。
 どなたでもご参加いただけます。
 お子様もどうぞ。
 お餅を一緒について、いただきましょう。

 

2024年2月の主日聖書日課から

2月4日
○ヨブ記23章1-10節
 ヨブは答えた。
 今日も、わたしは苦しみ嘆き
 呻きのために、わたしの手は重い。
 どうしたら、その方を見いだせるのか。
 おられるところに行けるのか。
 その方にわたしの訴えを差し出し
 思う存分わたしの言い分を述べたいのに。
 答えてくださるなら、それを悟り
 話しかけてくださるなら、理解しよう。
 その方は強い力を振るって
 わたしと争われるだろうか。
 いや、わたしを顧みてくださるだろう。
 そうすれば、わたしは神の前に正しいとされ
 わたしの訴えはとこしえに解決できるだろう。
 だが、東に行ってもその方はおられず
 西に行っても見定められない。
 北にひそんでおられて、とらえることはできず
 南に身を覆っておられて、見いだせない。
 しかし、神はわたしの歩む道を
 知っておられるはずだ。
 わたしを試してくだされば
 金のようであることが分かるはずだ。

○ヨハネによる福音書5章1-18節
 その後、ユダヤ人の祭りがあったので、イエスはエルサレムに上られた。エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。彼らは、水が動くのを待っていた。それは、主の使いがときどき池に降りて来て、水が動くことがあり、水が動いたとき、真っ先に水に入る者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした。
 その日は安息日であった。そこで、ユダヤ人たちは病気をいやしていただいた人に言った。「今日は安息日だ。だから床を担ぐことは、律法で許されていない。」しかし、その人は、「わたしをいやしてくださった方が、『床を担いで歩きなさい』と言われたのです」と答えた。彼らは、「お前に『床を担いで歩きなさい』と言ったのはだれだ」と尋ねた。しかし、病気をいやしていただいた人は、それがだれであるか知らなかった。イエスは、群衆がそこにいる間に、立ち去られたからである。その後、イエスは、神殿の境内でこの人に出会って言われた。「あなたは良くなったのだ。もう、罪を犯してはいけない。さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない。」この人は立ち去って、自分をいやしたのはイエスだと、ユダヤ人たちに知らせた。そのために、ユダヤ人たちはイエスを迫害し始めた。イエスが、安息日にこのようなことをしておられたからである。イエスはお答えになった。「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」このために、ユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとねらうようになった。イエスが安息日を破るだけでなく、神を御自分の父と呼んで、御自身を神と等しい者とされたからである。

2月11日
○申命記8章1-6節
 今日、わたしが命じる戒めをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたたちは命を得、その数は増え、主が先祖に誓われた土地に入って、それを取ることができる。
 あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。この四十年の間、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった。あなたは、人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい。あなたの神、主の戒めを守り、主の道を歩み、彼を畏れなさい。

○ヨハネによる福音書6章1-15節
 その後、イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。そこで、人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。

2月18日
○出エジプト記17章3-7節
 しかし、民は喉が渇いてしかたないので、モーセに向かって不平を述べた。
 「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのか。わたしも子供たちも、家畜までも渇きで殺すためなのか。」
 モーセは主に、「わたしはこの民をどうすればよいのですか。彼らは今にも、わたしを石で打ち殺そうとしています」と叫ぶと、主はモーセに言われた。
 「イスラエルの長老数名を伴い、民の前を進め。また、ナイル川を打った杖を持って行くがよい。見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる。」
 モーセは、イスラエルの長老たちの目の前でそのとおりにした。彼は、その場所をマサ(試し)とメリバ(争い)と名付けた。イスラエルの人々が、「果たして、主は我々の間におられるのかどうか」と言って、モーセと争い、主を試したからである。

○マタイによる福音書4章1-11節
 さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」
 イエスはお答えになった。
 「『人はパンだけで生きるものではない。
 神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』
 と書いてある。」次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、言った。「神の子なら、飛び降りたらどうだ。
 『神があなたのために天使たちに命じると、
 あなたの足が石に打ち当たることのないように、
 天使たちは手であなたを支える』
 と書いてある。」イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」と言われた。更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。すると、イエスは言われた。「退け、サタン。
 『あなたの神である主を拝み、
 ただ主に仕えよ』
 と書いてある。」そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが来てイエスに仕えた。

2月25日
○列王記下6章8-17節
 アラムの王がイスラエルと戦っていたときのことである。王は家臣を集めて協議し、「これこれのところに陣を張ろう」と言った。しかし、神の人はイスラエルの王のもとに人を遣わし、「その場所を通らないように注意せよ。アラム軍がそこに下って来ている」と言わせた。イスラエルの王は神の人が知らせたところに人を送った。エリシャが警告したので、王はそこを警戒するようになった。これは一度や二度のことではなかった。アラムの王の心はこの事によって荒れ狂い、家臣たちを呼んで、「我々の中のだれがイスラエルの王と通じているのか、わたしに告げなさい」と言った。家臣の一人が答えた。「だれも通じていません。わが主君、王よ、イスラエルには預言者エリシャがいて、あなたが寝室で話す言葉までイスラエルの王に知らせているのです。」アラムの王は言った。「行って、彼がどこにいるのか、見て来るのだ。わたしは彼を捕らえに人を送る。」こうして王に、「彼はドタンにいる」という知らせがもたらされた。王は、軍馬、戦車、それに大軍をそこに差し向けた。彼らは夜中に到着し、その町を包囲した。
 神の人の召し使いが朝早く起きて外に出てみると、軍馬や戦車を持った軍隊が町を包囲していた。従者は言った。「ああ、御主人よ、どうすればいいのですか。」するとエリシャは、「恐れてはならない。わたしたちと共にいる者の方が、彼らと共にいる者より多い」と言って、主に祈り、「主よ、彼の目を開いて見えるようにしてください」と願った。主が従者の目を開かれたので、彼は火の馬と戦車がエリシャを囲んで山に満ちているのを見た。

○ヨハネによる福音書9章13-41節
 人々は、前に盲人であった人をファリサイ派の人々のところへ連れて行った。イエスが土をこねてその目を開けられたのは、安息日のことであった。そこで、ファリサイ派の人々も、どうして見えるようになったのかと尋ねた。彼は言った。「あの方が、わたしの目にこねた土を塗りました。そして、わたしが洗うと、見えるようになったのです。」ファリサイ派の人々の中には、「その人は、安息日を守らないから、神のもとから来た者ではない」と言う者もいれば、「どうして罪のある人間が、こんなしるしを行うことができるだろうか」と言う者もいた。こうして、彼らの間で意見が分かれた。そこで、人々は盲人であった人に再び言った。「目を開けてくれたということだが、いったい、お前はあの人をどう思うのか。」彼は「あの方は預言者です」と言った。
 それでも、ユダヤ人たちはこの人について、盲人であったのに目が見えるようになったということを信じなかった。ついに、目が見えるようになった人の両親を呼び出して、尋ねた。「この者はあなたたちの息子で、生まれつき目が見えなかったと言うのか。それが、どうして今は目が見えるのか。」両親は答えて言った。「これがわたしどもの息子で、生まれつき目が見えなかったことは知っています。しかし、どうして今、目が見えるようになったかは、分かりません。だれが目を開けてくれたのかも、わたしどもは分かりません。本人にお聞きください。もう大人ですから、自分のことは自分で話すでしょう。」両親がこう言ったのは、ユダヤ人たちを恐れていたからである。ユダヤ人たちは既に、イエスをメシアであると公に言い表す者がいれば、会堂から追放すると決めていたのである。両親が、「もう大人ですから、本人にお聞きください」と言ったのは、そのためである。さて、ユダヤ人たちは、盲人であった人をもう一度呼び出して言った。「神の前で正直に答えなさい。わたしたちは、あの者が罪ある人間だと知っているのだ。」彼は答えた。「あの方が罪人かどうか、わたしには分かりません。ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は見えるということです。」すると、彼らは言った。「あの者はお前にどんなことをしたのか。お前の目をどうやって開けたのか。」彼は答えた。「もうお話ししたのに、聞いてくださいませんでした。なぜまた、聞こうとなさるのですか。あなたがたもあの方の弟子になりたいのですか。」そこで、彼らはののしって言った。「お前はあの者の弟子だが、我々はモーセの弟子だ。我々は、神がモーセに語られたことは知っているが、あの者がどこから来たのかは知らない。」彼は答えて言った。「あの方がどこから来られたか、あなたがたがご存じないとは、実に不思議です。あの方は、わたしの目を開けてくださったのに。神は罪人の言うことはお聞きにならないと、わたしたちは承知しています。しかし、神をあがめ、その御心を行う人の言うことは、お聞きになります。生まれつき目が見えなかった者の目を開けた人がいるということなど、これまで一度も聞いたことがありません。あの方が神のもとから来られたのでなければ、何もおできにならなかったはずです。」彼らは、「お前は全く罪の中に生まれたのに、我々に教えようというのか」と言い返し、彼を外に追い出した。
 イエスは彼が外に追い出されたことをお聞きになった。そして彼に出会うと、「あなたは人の子を信じるか」と言われた。彼は答えて言った。「主よ、その方はどんな人ですか。その方を信じたいのですが。」イエスは言われた。「あなたは、もうその人を見ている。あなたと話しているのが、その人だ。」彼が、「主よ、信じます」と言って、ひざまずくと、イエスは言われた。「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」
 イエスと一緒に居合わせたファリサイ派の人々は、これらのことを聞いて、「我々も見えないということか」と言った。イエスは言われた。「見えなかったのであれば、罪はなかったであろう。しかし、今、『見える』とあなたたちは言っている。だから、あなたたちの罪は残る。」

出所:聖書日課編集委員会編集「日毎の糧2024」(日本キリスト教団出版局、2023年12月20日発行)より作成

2024年2月 教会学校ニュース30号

 今月も聖書を通して、主イエスの救いの言葉を聞いてまいりましょう。
 2月11日(日)正午から、佐倉教会ではお餅つき会を行います。
 どなたも歓迎いたします。
 皆さん、ぜひお餅をつきに来てください。

不正な管理人の例えから 世の富を生かして神の愛を伝える ルカによる福音書一六章一~一三節

○ぶどうの枝第59号(2023年12月24日発行)に掲載(執筆者:牧師 金 南錫)

 イエス様は弟子たちに、不正な管理人の例えを語られました。ある金持ちに一人の管理人がいました。その男は主人の財産を管理していました。ところが、その管理人について、主人の財産を無駄遣いしているという告げ口がありました。そこで、主人は彼を呼びつけて「お前について聞いていることがあるが、どうなのか。会計の報告を出しなさい。もう管理を任せておくわけにはいかない」と言ったのです。管理人にとって、会計報告を出すというのは、罪を問われる大変なことでした。管理人は考えます。「どうしようか。主人はわたしから管理の仕事を取り上げようとしている。土を掘る力もないし、物乞いをするのも恥ずかしい。そうだ。こうしよう」ということで、思いついたことは「管理の仕事をやめさせられても、自分を家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ」ということでした。
 そこで、管理人は主人に借りのある者を一人一人呼び出します。そして、最初の人に問います。「わたしの主人にいくら借りがあるのか。」すると「油百バトス」と言います。一バトスは約二十三リットルですから、油百バトスというのは、油二千三百リットル、結構な量です。管理人は「これがあなたの証文だ。急いで、腰を掛けて、五十バトスと書き直しなさい」と言って、半分にしてやったのです。また別の人は「小麦百コロス」と言います。一コロスは、十バトスなので、二万三千リットルです。この人には、小麦百コロスを「八十コロスと書き直しなさい」と言ったのです。「主人に借りのある者を一人一人呼んで」とあるから、この二人だけではなくて、もっと何人もの人にそうやってあげたのだと思います。こうして、管理人は、この人たちに恩を売っておけば、自分が首になっても、将来自分の世話をしてくれるだろうと考えたのです。

 この時代においてどう振る舞えばよいか

 ところが、「主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた」とあります(八節)。ここで主人は、イエス様のことを指しています。つまり、イエス様はこの不正な管理人の抜け目のないやり方をほめたことになります。なぜでしょうか。その理由について「この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている」とあります。「この世の子ら」は、神を信じていない人たち、ここで言えば「不正な管理人」のことです。一方、「光の子ら」は信仰を持っている弟子たちのことです。そして、その弟子たちよりも、神を信じていない人たちの方が、自分の仲間に対して、賢く振る舞っていると言うのです。「自分の仲間に対して」というのは「自分たちの世代に対して」という言葉でもあります。つまり、彼らは自分たちが生きる時代の中で、自分がどう振る舞えばよいか、その賢いやり方を分かっているということです。不正な管理人は、その代表として語られているのです。
 イエス様は続けてこうおっしゃいました。「そこで、わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる」(九節)。ここで「不正にまみれた富で友達を作りなさい」というのは、神を信じない人と同じように、不正をしなさいということでしょうか。そうではないのです。ここで「不正にまみれた富」という言葉は、「この世の富」のことです。その富を使って、他の人が永遠の住まい、天の御国に入ることができるように、用いなさいという意味です。そうしておけば、私たちが人生でお金を使うことがなくなったとき、つまり私たちが死んだとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえるというのです。神の国、天の御国に入るときに、既に天に入った友が出迎えてくれるのだと、イエス様は言われたのです。このことを別の言葉で言うならば、この世の富を福音伝道のために用いなさい、神の愛を伝えるために用いなさいということなのです。

 佐倉教会を生み出したヘブジバ・ミッション

 今年、佐倉教会は創立百十九周年を迎えています。佐倉教会が今、この地に立っているのは、今から百十九年前にアメリカのヘブジバ・ミッションを支える信徒たちが献金をしてくれたからです。彼らは何とかして、日本の地に、特に日本の伝道未開拓地に生きる人たちにも、神様の愛を伝えたいと考えたのです。そして、ヘブジバ・ミッションという伝道団体からアグネス・グレンという婦人宣教師が派遣されました。でも、宣教師は無一文で行けるわけではありません。だから、宣教師を送り出すために、皆で献金をしようと思ったのでしょう。具体的には、アメリカから日本までの旅費が必要です。日本での滞在費も必要です。また、日本で日本語を勉強するための費用も必要です。さらには、住む家を購入する費用、生活費も必要です。このように、ヘブシバ・ミッションを支えるアメリカ教会の信徒たちが、日本でのアグネス・グレン宣教師の福音伝道の働きを覚えて献金をしてくれたから、佐倉教会が生み出されました。そして、今私たちはここに集って、礼拝を献げているのです。宣教師が来てくれたから、また、その宣教師を派遣するためにアメリカ教会の信徒たちが献金を献げてくれたから、佐倉教会があります。
 また、その後、佐倉教会の信仰の先達が献金を献げてくれたから、今私たちはここにいるのです。そしてそれと同じように、私たちも後に続く誰かのために、「この世の富」を使うことができるのです。それが、教会の様々な働きのために、献げる献金ではないでしょうか。すると、その一つ一つの働きによって、救われた人たちがやがて天において私たちを迎えてくれると言うのです。

 神のものを神のご栄光のために用いる

 イエス様は言われました。「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。だから、不正にまみれた富について忠実でなければ、だれがあなたがたに本当に価値あるものを任せるだろうか。また、他人のものについて忠実でなければ、だれがあなたがたのものを与えてくれるだろうか」(一〇~一二節)。ここで、ごく小さな事、不正にまみれた富というのは、「他人のもの」と言われています。私たちが持っている富は、神のものだということです。本来、富は神様のものです。それを神様のご栄光のために用いることができるならば、それは本当に価値あるものをあなたがたのものとして与えてくださるというのです。そして、本当に価値あるもの、それは正に天の御国、永遠の命です。友を神の国、天の御国に導くために、与えられた富を用いていく。それこそ富に仕えるのではなく、富を生かして、神に仕える生き方なのです。その生き方に忠実であることが私たちに求められているのです。

随想 委ねるとは 一輪の花に教えられて

○ぶどうの枝第59号(2023年12月24日発行)に掲載(執筆者:FI)

 「神様に全てをお委ねします」と簡単に祈ってしまう自らの無知と愚かさに、はっと気付いたときがありました。
 慌ただしく過ごしていたある夏の日、庭に咲く一輪の花に目が留まりました。少しの風に揺れて、花びらは気持ち良さそうに、風に弄ばれているように、自然体で喜んでいるようにさえ見えました。
 明日はしおれてしまうこの瞬間をこの花は花びらを精一杯広げ、無心に咲き続けている姿に感動したのです。そしてこんなにも美しく咲かせてくださっている神様のみ業の気高さの前に我が身を恥じました。
 まず自らの思いや考えを優先して、その後で「お委ねします」と祈る不遜な私に、一輪の花は気付きを与えてくれました。
 置かれたありのままの状況の中で、何も考えず、意志も感情も全くなくした心の状態をつくることができたら、それが「委ねる」ことなのだと感じました。私もあの花のように、精一杯無心な心で咲ききりたいと願いました。
 「栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。」(マタイによる福音書六章二九、三〇節)
 「安心して行かれるがよい。主は、あなたたちのたどる旅路を見守っておられる」(士師記一八章六節)

随想 佐倉教会聖歌隊の歩み コロナ後の活動を再開

○ぶどうの枝第59号(2023年12月24日発行)に掲載(執筆者:YN)

 佐倉教会聖歌隊は、記録がないので定かではない私の記憶によりますが、島津虔一牧師が牧会されていた頃、牧師の指導によりイブ礼拝に信徒の有志と教会学校の子供たちが讃美歌を歌ったのが始まりだったと思います。Kさんの二人のお子さんも一生懸命歌っていました。
 島津牧師の後に就任された有馬尊義牧師は「神に讃美をささげるという、人間のできる最大のささげものとして、教会の各場面で奉仕する聖歌隊を目指してもらいたい」と。この頃から徐々に今のようなスタイルになりました。
 黒田直人牧師が赴任されてからは、教会音楽をドイツで研鑽なさったオルガニストのNKさんの熱心な御指導があり、佐倉教会内部での奉仕だけでなく、教派を超えた千葉県教会音楽祭に参加。二〇〇五年・二〇〇七年には、NKさんのオルガン演奏と聖歌隊によるチャーチ・コンサートが開催されました。この地域での本格的なオルガン演奏は初めてでしたので、聴衆が大変感動しました。また、来場者が多数であったため、定員を超えて収容し、消防法上の問題があったとの記録が残っています。当時から二〇二〇年三月のコロナによるパンデミックまでは、十五名から二十名と伴奏者と指揮者とで奉仕活動をしていました。

 聖歌隊奉仕と練習計画

 聖歌隊は、教会暦による聖日と毎月第一主日の聖餐式のときに讃美歌のささげもの、その準備として第四週の礼拝後十二時三十分から十四時、必要に応じて聖餐日当日の礼拝前に三十分くらいの練習をしていました。
 次に掲げるのは、二〇一四年九月から十二月までの練習計画で、教会暦の後半、クリスマスまでの練習と、聖餐式での奉仕計画の例です。
(数字は讃美歌の番号。Ⅱは『讃美歌 第二編』)
九・二八  礼拝後練習 四〇三、三八五、Ⅱ一〇八、Ⅱ一二〇
一〇・五  第一主日聖餐日 四〇三 朝練
一〇・二六 礼拝後練習 三八五、Ⅱ一〇八、Ⅱ一二〇、二五九
一一・二  召天者記念礼拝 三八五 朝練
一一・二二 礼拝後練習 Ⅱ一〇八、Ⅱ一二〇、二五九
一一・三〇 アドベント・創立記念日礼拝 Ⅱ一〇八 朝練
一二・七  礼拝後練習 Ⅱ一〇八、Ⅱ一二〇
一二・二一 クリスマス礼拝 Ⅱ一二〇 朝練
一二・二四 クリスマスイブ礼拝 Ⅱ一〇八、Ⅱ一二〇、二五九 礼拝前の練習
(四〇三「聞けよ、愛と真理の」、三八五「花彩る春を」、Ⅱ一〇八「みかみのみことば」、Ⅱ一二〇「み子なるイエス」、二五九「いそぎきたれ」)
 この後、新年を迎え、公現日、受難日、復活日、ペンテコステ、毎月第一主日の聖餐日等のため、前年と同じようなローテーションで活動していたことが、二〇〇五年六月からの記録で分かりました。
   *
 次は、二〇二〇年一月に聖歌隊員に配った「聖歌隊からのお知らせ」です。
 二・二  新聖歌「いつも喜んでいなさい」
 三・一  Ⅱ「み弟子らにかこまれ」
 四・五  三〇七「ダビデの子、ホサナ」(棕櫚の聖日)
 四・一〇 金曜日(受難日)三〇二「暗いゲッセマネ」
 四・一二 復活日 Ⅱ「み墓深く」
 五・三  四七九「よろこびは主のうちに」
 五・三一 ペンテコステ 二〇七「ほめよ主を」
 六・七  三位一体主日 二〇七「ほめよ主を」
 この計画には練習日等が記されていません。コロナ禍のため、三月から礼拝の持ち方が制限され、聖歌隊としての奉仕ができなくなってしまい、活動は中止。教会員の集会も中止でした。
 今年十月からコロナ禍以前と同じ礼拝に戻ることになり、十月二十九日から活動が再開、以前のような練習が始まりました。
 十一月二十九日、佐倉教会創立百十九周年の記念日に聖歌隊として讃美の歌をささげることができ、隊員一同この恵みに心踊らせ、感謝し喜びをもって歌うことができました。当日歌われた曲は、ヘンデル作曲「メサイア」より「主はその群をやしないたもう」(『讃美歌第二編』五六)でした。

随想 神の御力を思う

○ぶどうの枝第59号(2023年12月24日発行)に掲載(執筆者:AS)

 神様は、すごい御力を見せてくださいました。それは、主人の納骨式前夜のことでした。
 当日、金先生に八柱霊園に来ていただく予定でした。私もデイサービスに通って、頭がそちらに向いていましたので、主人の教会に関することは、すっかり忘れていました。それが、当日前夜、全てを思い出したのです。それも主人が洗礼を受けた牧師の名も明確に。なんと素晴らしい神様。感謝、感謝。
 その前夜、急いで金先生に「思い出しました」と連絡。滑り込みセーフです。当日、それを皆さんの前で発表してくださり、皆さん、主人のことが理解できました。
 主人が亡くなって二年半、やっと納骨できました。主人の魂は既に天にありますが、安心したことでしょう。私も生きているうちに納骨を終え、ホッとしました。息子夫婦や娘と孫にも会えて楽しいひとときでした。

随想 教会員を増やす広報活動 お墓と法要の課題を解決

○ぶどうの枝第59号(2023年12月24日発行)に掲載(執筆者:YH)

 イエス・キリストを信仰し、佐倉教会へ入会する人を増やすため、以下を考慮した広報活動はいかがでしょうか(日本人の大半は仏教徒であると仮定しています)。
 今、人生を独りで終える人が急増していますけれども、それらの方々自身の死後について抱えている様々な悩みの中で、最も大きい悩みの一つが「お墓」で、次いで大きいのが「法要(記念礼拝)」だと思います。
 「お墓」は海洋散骨が良いと思う人や、樹木葬が良いと思う人もいますが、いずれも少数派であり、ほとんどの人々は墓地に在る「お墓」での永眠を望んでいます。
 しかしながら、その「お墓での永眠」を確保するには以下の諸課題を解決する必要があります(以下に列記しているのは、一般的な仏教(徒)の事例です)。
一、「お墓」
 ①「お墓」の購入費用(祭祀権(注参照)を相続・継承していない場合)
 ②「お墓」の管理費(死後、委託する身内がいない場合)
 ③先祖から継承した「お墓」の撤去(墓じまい)に係る手続き・費用(お寺との交渉が煩雑であり、高額費用を請求されて裁判沙汰になる事例も多い)
二、「法要(記念礼拝)」
(一)忌日法要
  ①初七日(命日も含めて七日目)
  ②二七日(命日も含めて十四日目)
  ③三七日(命日も含めて二十一日目)
  ④四七日(命日も含めて二十八日目)
  ⑤五七日(命日も含めて三十五日目)
  ⑥六七日(命日も含めて四十二日目)
  ⑦七七日(命日も含めて四十九日目)
  ⑧百ケ日(命日も含めて百日目)
(二)年忌法要
  ①一周忌(命日から満一年目)
  ②三回忌(命日から満二年目)
  ③七回忌(命日から満六年目)
  ④十三回忌(命日から満十二年目)
  ⑤十七回忌(命日から満十六年目)
  ⑥二十三回忌(命日から満二十二年目)
  ⑦二十七回忌(命日から満二十六年目)
  ⑧三十三回忌(命日から満三十二年目)
  ⑨三十七回忌(命日から満三十六年目)
  ⑩四十三回忌(命日から満四十二年目)
  ⑪四十七回忌(命日から満四十六年目)
  ⑫五十回忌(命日から満四十九年目)
  ⑬百回忌(命日から満九十九年目)
 以上のように仏教の場合、死後の「法要」が細かく定められていますが(とはいっても佐倉教会のような毎年の営みではない)、祭祀権の継承者がいても多忙であったり、僧侶へのお布施や、法要後の親族が一同に会した食事費用等の負担が大きかったりで、過半以上の方々はかなりの法要を省略しているのが実態です(核家族化により親族が遠隔地に分散し、法要の度に集まることも難しい)。
 また、ほとんどの日本人は日頃からのお寺との交わりがないにもかかわらず、死んだら自己の意思(実際は無意志)にかかわらず、遺族等の意思により「仏教徒」として祭られますけれども、残念ながら諸々の制約により省略される法要が多く、仏教徒としての祭られ方は部分的です。
 上記のとおり、仏教徒として亡くなった場合、残された遺族に多大の負担を掛けることになりますが、日本基督教団佐倉教会員として亡くなった場合には、以下のメリットがあります。
一、死せる者、残された者共に、主イエス・キリストにより永遠に守られる。
二、葬儀・結婚式等の冠婚葬祭にて教会堂を使う場合、施設使用料は無料。
三、お墓は八街市の霊園に教会墓地があり、教会員や家族は希望すれば使用できる。
四、お墓の永代供養(仏教用語)は牧師により無料で行われる。
五、法要は仏教のような数年間隔ではなく、毎年、牧師により教会堂にて全員分をまとめて執り行われ、同日にお墓参りも牧師の先導により行われる。
 「死んだら勝手に(生前は縁がなかった)仏教徒として祭られたものの、仏教徒として定められた法要はしてもらえない」という大きな疑問・矛盾を解決するには、「神様、並びに御子であられる主イエス・キリストの導きを受けて佐倉教会員になる」ことが最善であると提案しましょう。
 全知全能の神様、御子であられる主イエス・キリストによる加護を得て、この佐倉教会に新たなる教会員が加えられますよう、御名をあがめます。アーメン
 注:祭祀権は、民法第八百九十七条により以下のとおり定められています。
 一 系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が継承する。(以下略)

随想 お空にいったんだよ ひ孫に見送られた母

○ぶどうの枝第59号(2023年12月24日発行)に掲載(執筆者:MO)

 「ママのおかあちゃんのおかあちゃん(おばあちゃんのこと)お骨になってかわいちょう。」
 四才のみいちゃんが言うとお兄ちゃんのゆうちゃん(六才)が「お空に行ったからかわいそうじゃないんだよ。魂になってお空から見ていてくれるんだよ。」と優しく言うとまだ熱い熱気を放つ骨になった母を小さな手を組み、祈りのポーズで二人はじっと見ていたのです。
 火葬場での出来事に私は小さい二人が怖がるのではないかと少し心配していたので驚きました。真剣に手を組み見ている二人に、どこでそのようなことを教えてもらったのだろうと思いました。主人が「ゆうちゃんはストレッチャーで窯に入っていくのをずっと手を振って見送っていたよ。」と教えてくれました。
 後日少し落ち着いたときに娘にそのことを尋ねるとおばあちゃんの状態が良くないと聞いたときから この本をチビ二人には読み聞かせていたんだ。と教えてくれました。
 絵本は、「わすれられない贈り物」(作・絵スーザン・バーレイ、訳小川仁央)です。
 賢くて、いつもみんなの頼りにされているアナグマ。大変歳をとっていて、知らないことはないというぐらい物知りです。だからこそ、自分が死ぬのがそう遠くはないことも、知っていたのです。アナグマは死ぬのを恐れてはいません。だけど、残していく友達のことが気がかりです。みんなへの手紙を書き残したその夜、アナグマは不思議な、そして素晴らしい夢を見たのでした。
 年齢を重ね、経験が増えていくと「死」というものが残された人のものであるということがよくわかっていきます。そして「死の悲しみ」は説明できることなんかじゃない、ということも。
 この絵本は、残していく者と残されていく者を丁寧に描きます。死を迎えるということは、どういうことなのか。亡くなった人とどう向き合っていけばいいのか。正解なんかないからこそ、それぞれが読み解き「アナグマの死」を通して愛情や友情、知恵を受け継ぐ大切さ、それぞれの生き方を考え、悲しみを乗り越える力となる一つの「きっかけ」となるのを願って書かれたと思います。娘が絵本を通して小さい子供たちと話を重ねていたから子供たちも小さいなりに理解し考え、ゆうちゃんが「お空に行って見ていてくれる。」と安心して手を組み見送ってくれたのだと分かりました。
 娘は小さいときから本が大好きで母がたくさん本を買ってくれました。お人形を手作りして娘のお洋服とお人形の花ちゃんのお洋服はいつもおそろいでした。たくさんの愛情をもらって育った娘が 母のひ孫にあたる、みいちゃんとゆうちゃんに本を読み聞かせ、二人が小さな手を組み、ひいおばあちゃんを見送ってくれた。お空から魂になって見ていてくれる、と理解して。これは幸せの循環だと思いました。
 父が亡くなり千葉へ転居した母は、東京にいる孫、ひ孫に会う機会が増え幸せな晩年だったと思います。佐倉教会に転入させていただき教会に居場所があるというのはとても安心すると言っていました。同年代のお友達もできて良い交わりをさせていただき感謝しております。
 特に、TKさんとは同じ施設に入居して知らない土地で生活する上での心細さを埋めていただき有り難いことでした。Kさんに、みいちゃんとゆうちゃんのママである娘と息子のMは中学・高校時代、英文法を習っており、母はKさんと自分の孫の話もできたのです。なんという幸せ。いろんな交わりの中で過ごした母は幸せであったと思います。