神様の御心を受け入れる マリアの信仰と決心 ルカによる福音書一章二六~三八節

○ぶどうの枝第57号(2022年12月25日発行)に掲載(執筆者:金 南錫牧師)

 この聖書箇所は、「受胎告知」と呼ばれるところで、天使ガブリエルがマリアに神の御子を宿すことを告げる場面です。二六節、二七節です。 「六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。」 この「六か月目に」というのは、洗礼者ヨハネが高齢になっていた母エリサベトの胎に宿ってから六か月目ということです。その時に、天使ガブリエルがマリアの元に遣わされました。神様はこのマリアに目を留めて、天使を遣わしたということです。 では、マリアという女性はどんな人だったのでしょうか。まず、ガリラヤ地方のナザレの町に住んでいました。ガリラヤ地方というのは、イスラエルでは、北のはずれの方に位置します。中心のエルサレムからは遠く離れた辺境の地です。しかも、ナザレの町は田舎の小さな町にすぎませんでした。また、マリアはヨセフという若者と婚約をしていました。相手のヨセフはダビデ家の人であったとあります。これは、ヨセフと結婚することで生まれてくる子どもは、ダビデの子孫となることを意味しています。マリアについてはこれだけのことしか分かりません。ところが、イスラエルの女性の中から、たった一人選ばれるにしては余りにも普通の人のように思われます。マリアはナザレという小さな町の普通の若い女性でした。神様はそのマリアを救い主の母となる人として選ばれました。 次に、天使ガブリエルはマリアにどんなことを告げたのでしょうか。三一節です。「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。」なんとまだ結婚していないのに、「あなたは身ごもる」というのです。しかも、生まれてくる子どもは男の子で、「イエス」という名前まで指定されます。続いて、三二節、三三節です。 「その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」 生まれてくる男の子が「いと高き方の子と言われる」ということは、その子が神の子であることを意味しています。そして、その子はかつてイスラエルの王であったダビデのような王様になって、永遠にこの国を治めるようになると告げるのです。それは、イスラエルの民が昔から待ち望んできた救い主なるお方が、ようやくマリアのお腹から生まれてくることを意味していました。

 天使のお告げを受け止める

 マリアは天使のお告げをどう受け止めたのでしょうか。まず、天使の挨拶に戸惑いました。いきなり天使が現れて「おめでとう、恵まれた方」と言われても、「いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ」わけです(二九節)。また、告げられたことを聞いて、「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」と言っています(三四節)。つまり、「あなたは男の子を産む」と告げられても、まだ結婚前の身でしたので、子どもが生まれるということは常識ではあり得ない、理解できないというのです。 これに対して、天使はこう答えます。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる」(三五節)。聖霊なる神の力によって、あなたは身ごもるのだというのです。そして、さらにこう言いました。「あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない」(三六、三七節)。これを聞いて、マリアはこう言いました。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(三八節)。マリアは天使の言葉を信じて、告げられたことをすべて受け入れて、これから自分の身に起こることを委ねる決心をしました。 では、マリアはどうして天使の言葉を受け入れることができたのでしょうか。マリアに告げられたことは、確かにイスラエルの人々にとっては喜ばしい知らせでした。なぜなら、昔から待ち望んでいた救い主であり、この国の王となる方がようやく来られるというからです。しかし一方で、マリア個人にとって、それは都合の悪いことでもありました。まず、婚約相手のヨセフがこんな話を信じてくれるだろうかという心配があったわけです。常識ではあり得ないこと、理解できないことですから、信じてもらえないだろうと予測をされます。そうなると、ヨセフから婚約を破棄されます。また、婚約中で身ごもるということは、当時の掟では、石で殺されなければならない姦淫の罪であり、社会の交わりから疎外され、共同体から分断されることを意味しました。要するに、イスラエル全体にとっては喜ばしい知らせでしたが、マリアにとっては都合の悪いことでした。また、マリアの命に関わるようなことでした。 ところが、マリアはそれが自分にとって都合が悪いというようなことは考えなかったようです。彼女の言葉を見ると、驚いたり、戸惑ったりはしていますが、天使の言葉を拒んではいないのです。普通であれば、自分にとって都合がいいか、悪いかを考えるのです。そして、自分にとって都合が悪ければ、「いいえ、結構です」とお断りすると思います。でもマリアは、そういうことを一切考えないで、イスラエルにとって、これは良いことだと受け止めたわけです。そして、何よりもそれが、神様が望んでおられることで、神様の御心だということを素直に受け入れたのです。つまり、天使から告げられたことは常識では理解できないことでした。しかし、マリアは天使の言葉を聞いて、それを神様の御心であり、民全体にとって喜ばしい知らせだと受け止めたのです。また、「神にできないことは何一つない」という言葉を素直に受け入れて信じました。一切を委ねる決心をしたのです。そして自分の身を通して、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と応答しました(三八節)。 ここには、全能の神様を信じて、一切を委ねていくマリアの信仰が表されています。そして、神様はそのマリアの信仰を用いてくださったのです。こうして考えてみると、マリアがなぜ選ばれて、救い主の母として用いられたのか、分かるような気がします。マリアのように、私たちも神様の言葉に、信仰によって応えていきたいと思います。

随想 我が父 舒宗啓をしのぶ

○ぶどうの枝第57号(2022年12月25日発行)に掲載(執筆者:YH)

 中国西安市の中心部、にぎやかな街の隅に陝西省(せんせいしょう)図書館がありました。父 舒宗啓(じょそうけい)が勤めた所です。私は一九六八年六月二十四日に陝西省図書館の寮に生まれました。二年間、父と母と三人で暮らしました。当時キッチンは寮の中にはなく、館員は家族でドアの外でご飯を作っていました。父は日曜日は開館日なので働き、月曜日は閉館日で休みでした。
 私は二歳のときに引っ越して、碑林区鉄路局の母が勤めていた中学校の寮に住み始めました。一九七〇年頃、文化大革命の時期、童話の本は「毒草」に指定されて、「燃やせるゴミ」になりました。父は命を賭けて童話の本を持ち帰りました。百冊以上ありました。『亀と兎の競争』『長髪妹(髪長姫、ラプンツェル)』『カラスの智慧』など、母は毎日、夜私が寝る前に読んでくれました。幸せな日々でした。
 今思い出したのですが、父は一日の仕事を終えて私を連れて家に帰るとき、陝西省著書間の出入口にあったぶどうの棚の道で、父に肩車されて、小さな青いぶどうを取って持ち帰りました。大体八月から九月に、ぶどうは熟して酸っぱい渋さのある味でした。今でも記憶に新鮮です。

 (父をしのぶ俳句)
  我が父の背中を包む夕日かな

 舒宗啓は一九三八年生まれ、湖北省鄂州市(がくしゅうし)出身。二〇二二年七月一日夜八時二十分に天に召されました。享年八十四歳。一九九二年九月二十四日、中国西安市南新街教会でキリスト教を受洗し、当時五十四歳でした。娘と息子をもうけ、私は長女です。
 経歴:中国西北大学物理系卒業、中国陝西省図書館副館長、中国西安市信息研究所文献館館長、中国西安市経済信息中心国際信息部経理

随想 他利側楽(たりはたらく) がんウイルスが示す命共生の選択

○ぶどうの枝第57号(2022年12月25日発行)に掲載(執筆者:KM)

 私は去る五月、小さな自伝を発行しました。大変僭越ながら、促されるままここに自己紹介させていただきます。
 命育む地球を初めて宇宙のかなたから見たガガーリンの「地球は青かった」という言葉は有名です。彼の後、多くの人が宇宙から地球を眺め、いとおしむ感情を述懐しています。命育む状態は壊れやすいということでしょうか。
 衆知のとおり、今や地球環境は危機的状態にあります。先日アフリカで開催されたCOP27の議論を聴くまでもなく、地球温暖化は命の存続を脅かしています。この危機的状態の改善にとって、国際間のエゴが大きな障害になっています。
 私の若い頃、日本は第二次世界大戦を引き起こし、敗戦という史上未曽有の経験の最中にありました。この間私は、自己責任で生きることの大切さを体験し、このことで聖書に出会う機会に恵まれました。代々家業であった医者の道に進むことにしたその入口で、目指す医師像についてアンケートがありました。聖書を読んでいた私は「食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても神の栄光を現すため」(コリント信徒への手紙1 一〇章三一節)というパウロの言葉を究極の目標として医道に励みたいと書きました。自力でそのようなことを実践できないことを、私自身が一番よく分かっていました。しかし、この選択は私に大きな影響をもたらしたと思います。
 ジャン・ポール・サルトルは言っています。人の一生は誕生(B=birth)に始まり、死(D=death)で終わる。そのBとDの間の選択(C=choice)が一人ひとりの人生を彩ると。私は、自分の真のふるさとに錨(A=anchor)を下ろすことができることが大切だと思います。つまりABCDの人生です。
 旧約聖書の記述によれば、創造主の神は、天地創造の最後に人を造られ、そして選択の自由を与えられて、神が良しとした楽園に住まわせました。人は自らの選択で禁断の木の実を食べて、失楽園の結果を招きました。
 創造の最後に造られた人に、神は「生めよ増えよ地に満てよ、地を治めよ」と祝福を与えられ、自分の周りに利益をもたらすこと、つまり私の言うところの「他利側楽」を期待されましたが、人は自ら失楽園の道を選択してしまいました。人はそのことを悔い改め、創造の神のお赦しを受けなければ状況は悪化するばかりです。
 私は自分の選択により、半世紀以上にわたりがんウイルスとお付き合いすることになりました。地球上の最も小さい生命であるウイルスは、自分の子孫を残すためにそれぞれ特殊な機能を持った生きた宿主細胞が必要なのです。自分の子孫を増やし過ぎれば宿主細胞は死滅し、結果としてウイルス自身も死滅してしまいます。存続のためには宿主と共に生きる条件を見いださなければならないのです。ウイルスは遺伝子の発現を調整してこれを達成させています。
 ウイルスとの長いお付き合いからいろいろなことを学びましたが、その中でもこの命共存の法則は、極小の生命であるウイルスが発信しているとても大切なメッセージであることを知りました。己の英知にのみ頼るのではなく、周囲との共生を図ることが、自分の健康寿命の延伸につながることを教えられました。現在人類を悩ませている新型コロナウイルスへの対応においても、ウイルスとの共生は大切なことだと思います。
 私の選択によって生じた困難な経験を通して、私を守り導いてくださった神の大きな愛のエネルギーの一端を、下記の拙文に託しました。お目通しいただければ、私にとって「他利側楽」の思いであり、感謝です。

詩 ベツレヘムの星

○ぶどうの枝第57号(2022年12月25日発行)に掲載(執筆者:MS)

ほのかに瞬く光
部屋の中でゲームなんかして
寝てばかりだった小さな星は
春深まるラジオから
地球星のこどもたちの 鈴なりの歌声を聞いたんだ

イエスさまはいつ来られるのかと
背伸びして遠く東を眺めるこどもたち
「今度は私たちがまぶねをつくろう
その次にマリアさまを連れてきて
赤ちゃんイエスが生まれたら 花の茂みに寝かせよう
羊飼いがやってきたら 焚火をたいてあげなくちゃ」
だからお小遣いをためているというエピソードまで聞いたんだ

ある日こどもたちが道で讃美歌を歌っていたら
「あんたたち ここで何してるの!」
通りかかる人たちの石ころのような視線に
こどもたちは道に隠れ
道はこどもたちの後ろに隠れ
壊れた風の音ばかりが聞こえたんだ

日ごとにこどもたちの讃美歌を聞きながら
きらきらと夢を見ていた小さな星は
いくら周波数を合わせても
こどもたちの歌が聞こえない

通りすがりの明けの明星に
遊牧民のように流れ行く天の川に道を尋ね
夢見るように地球星の町にやって来たのに

こどもたちは どこにも姿が見えず

家の門の前
路地
町をぐるりと囲む
神社と寺
曲がり角
野原で

鈴なりに 歌声だけが光っていたんだ
こどもたちを探す周波数だけが
つやつやきらきらと光っていたんだ

随想 御言葉に導かれて 信じて祈り急がないで待つこと

○ぶどうの枝第57号(2022年12月25日発行)に掲載(執筆者:KI)

 私は終戦の次の年、東京中野で三人姉妹の次女として生まれました。戦後の混乱した食糧事情の悪いときでした。家は日用品、雑貨などを売る小間物店をしていました。家族共に懸命に働きましたが、暮らしは楽ではありませんでした。子どもたちには、学習塾、習字、ソロバン等を習わせてくれました。父は優しく子煩悩な人でした。母は、おそろいの服やセーターなど手作りしてくれました。
 母はそのような生活の中で、心のよりどころを信仰に求めるようになりました。最後に導かれた所は、「単立シオンの群教会」でした。その頃は、早天祈祷会があり、朝早くから祈りが熱心にささげられておりました。今でも目に浮かぶのは、一心に祈っている母の姿です。
 母の影響で家族全員教会に行くようになり、私たちは日曜学校に休まず行くようになりました。御言葉のカードをいただくのが楽しみでした。小学校六年のクリスマスの写真には、五十数名の日曜学校の生徒の中に、プレゼントを抱えている私と妹、懐かしい友が写っていました。日付は、昭和三十四年十二月二十一日と記してありました。
 高校二年生のときに夏の奥多摩「鳩の巣聖会」で高校生二人と共に洗礼を受けました。
 「事実、あなたがたは恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。」(エフェソ二章八節)
 神様に罪許され、救われた喜びと新しい出発でした。
 昭和四十六年、牧師の司式により同じ教会員の石橋信雄兄と結婚式を挙げました。青年会員は、二十数名いましたが、熱心に主に仕えていました。夜の集会の前には、「ただ信ぜよ」と歌い、太鼓をただきながら、所々で証しをして路傍伝道をしていました。献身して牧師になられた方が何人かいました。ある方は召命をいただき、それぞれの所に導かれていきました。
 その頃実家ではお店をやめて「しらゆり学習塾」を経営し、姉と私は小中学生に学習、父は書道、母は和裁を教えていました。
 結婚してから十年過ぎた昭和五十七年、主人の両親と一緒に住むために市川に引っ越しました。船橋の「中山キリスト教会」に導かれました。市川の地で子どもたちは育っていき、学校を卒業し就職して家を離れていきました。父は、大正、昭和と生きて平成元年に亡くなり、母は晩年主を信じて天に召されました。やがて二人となり、自然豊かな田舎に住みたいと思うようになりました。
 祈りが応えられ、平成十一年いすみ市岬町に引越しすることができました。教会は太東駅から二分の「岬キリスト教会」に導かれました。引越の日は、台風のような大雨の中、引越しの車がぬかるみにタイヤをとられ「主よ、主よ」と声をかけながら荷物を運び入れることができました。その年の秋に田舎暮らしに必要な車の免許を取ることができました。私は五十三歳、主人は仕事を辞めて取ったのは六十六歳のときでした。自然あふれる田舎での生活は、身も心も癒やされて信仰生活を送ることができました。
 「あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです」(フィリピ二章十三節)
 試練の中も通りました。ヘルパーの仕事をしていたときのことです。雪の道で滑り膝を骨折しました。一か月入院し、手術・リハビリと順調に回復しましたが、ボルトを抜く二回目の手術を待っていました。逆流性食道炎から食べられなくなり、体重は減り痩せて夜も寝られなくなりました。病院で診てもらえば治るとの思いで次々と病院を巡りました。最後に行った鴨川の亀田病院では、心療内科へ行くようにとの結果でした。体だけではなく心も病むんでいました。
 「苦しみにあったことはわたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました」(詩篇一一九篇七一節口語訳)
 私が学んだことは、必ず癒やされると信じて祈ること、静かに忍耐強く急がないで待つことでした。平成二十六年家と車を処分して、終活のために京成佐倉の駅近くに引越しました。主は時と場所を備えてくださいました。近くの「佐倉教会」に導かれ、神の家族とさせていただきました。
 「神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ」(マルコ三章三五節)
 聖書の御言葉は、若いときから今日に至るまで、悲しみの日には慰めと平安、生きる勇気を、また、喜びの日には感謝をもって更に前進する力を与えてくれました。
 私の好きな御言葉は、
「だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人は」日々新たにされていきます。わたしたちの一時の軽い艱難は、比べものにならないほどの重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです」(コリント二 四章一六~一八節)
 私たちが神を信じて従っていくとき「内なる人」を強くし、その人は見えない世界を見えるかのように信じて望んでいく生き方がされます。日々新しくされて、御言葉に立って生きる者でありたいと願っております。

詩 急がない

○ぶどうの枝第57号(2022年12月25日発行)に掲載(執筆者:NI)

急がない、急がない
神様から頂いた大切な命だから
丁寧にゆっくり生きよう急がない
嫌でも死は必ず来るから
辛くても焦って死に急がない
病気になったら心から神様に祈り
必ず癒して頂けると信じて
静かに忍耐強く急がない
出入り口でかち合ったら
笑顔で相手を先に急がない
老人や子供が前を歩いていたら
あおり追い立てずに急がない
エレベーターでは後ろの人のために
自然に閉まるまで急がない
何事も準備万端急がない
二度とない人生だから天国を目指し

2023年1月の主日聖書日課から

1月1日
○サムエル記上1章20-28節
 ハンナは身ごもり、月が満ちて男の子を産んだ。主に願って得た子供なので、その名をサムエル(その名は神)と名付けた。
 さて、夫エルカナが家族と共に年ごとのいけにえと自分の満願の献げ物を主にささげるために上って行こうとしたとき、ハンナは行こうとせず、夫に言った。「この子が乳離れしてから、一緒に主の御顔を仰ぎに行きます。そこにこの子をいつまでもとどまらせましょう。」
 夫エルカナは妻に言った。「あなたがよいと思うようにしなさい。この子が乳離れするまで待つがよい。主がそのことを成就してくださるように。」
 ハンナはとどまって子に乳を与え、乳離れするまで育てた。乳離れした後、ハンナは三歳の雄牛一頭、麦粉を一エファ、ぶどう酒の革袋を一つ携え、その子を連れてシロの主の家に上って行った。この子は幼子にすぎなかったが、人々は雄牛を屠り、その子をエリのもとに連れて行った。ハンナは言った。「祭司様、あなたは生きておられます。わたしは、ここであなたのそばに立って主に祈っていたあの女です。わたしはこの子を授かるようにと祈り、主はわたしが願ったことをかなえてくださいました。わたしは、この子を主にゆだねます。この子は生涯、主にゆだねられた者です。」
 彼らはそこで主を礼拝した。

○ルカによる福音書2章21-40節
 八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。
 さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。
 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。
 「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
 この僕を安らかに去らせてくださいます。
 わたしはこの目であなたの救いを見たからです。
 これは万民のために整えてくださった救いで、
 異邦人を照らす啓示の光、
 あなたの民イスラエルの誉れです。」
 父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」
 また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていたが、そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。
 親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。

1月8日
○ヨシュア記3章1-17節
 ヨシュアは、朝早く起き、イスラエルの人々すべてと共にシティムを出発し、ヨルダン川の岸に着いたが、川を渡る前に、そこで野営した。三日たってから、民の役人は宿営の中を巡り、民に命じた。
 「あなたたちは、あなたたちの神、主の契約の箱をレビ人の祭司たちが担ぐのを見たなら、今いる所をたって、その後に続け。契約の箱との間には約二千アンマの距離をとり、それ以上近寄ってはならない。そうすれば、これまで一度も通ったことのない道であるが、あなたたちの行くべき道は分かる。」
 ヨシュアは民に言った。
 「自分自身を聖別せよ。主は明日、あなたたちの中に驚くべきことを行われる。」
 ヨシュアが祭司たちに、「契約の箱を担ぎ、民の先に立って、川を渡れ」と命じると、彼らは契約の箱を担ぎ、民の先に立って進んだ。
 主はヨシュアに言われた。
 「今日から、全イスラエルの見ている前であなたを大いなる者にする。そして、わたしがモーセと共にいたように、あなたと共にいることを、すべての者に知らせる。あなたは、契約の箱を担ぐ祭司たちに、ヨルダン川の水際に着いたら、ヨルダン川の中に立ち止まれと命じなさい。」
 ヨシュアはイスラエルの人々に、「ここに来て、あなたたちの神、主の言葉を聞け」と命じ、こう言った。「生ける神があなたたちの間におられて、カナン人、ヘト人、ヒビ人、ペリジ人、ギルガシ人、アモリ人、エブス人をあなたたちの前から完全に追い払ってくださることは、次のことで分かる。見よ、全地の主の契約の箱があなたたちの先に立ってヨルダン川を渡って行く。今、イスラエルの各部族から一人ずつ、計十二人を選び出せ。全地の主である主の箱を担ぐ祭司たちの足がヨルダン川の水に入ると、川上から流れてくる水がせき止められ、ヨルダン川の水は、壁のように立つであろう。」
 ヨルダン川を渡るため、民が天幕を後にしたとき、契約の箱を担いだ祭司たちは、民の先頭に立ち、ヨルダン川に達した。春の刈り入れの時期で、ヨルダン川の水は堤を越えんばかりに満ちていたが、箱を担ぐ祭司たちの足が水際に浸ると、川上から流れてくる水は、はるか遠くのツァレタンの隣町アダムで壁のように立った。そのため、アラバの海すなわち塩の海に流れ込む水は全く断たれ、民はエリコに向かって渡ることができた。主の契約の箱を担いだ祭司たちがヨルダン川の真ん中の干上がった川床に立ち止まっているうちに、全イスラエルは干上がった川床を渡り、民はすべてヨルダン川を渡り終わった。

○ルカによる福音書3章15-22節
 民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていた。そこで、ヨハネは皆に向かって言った。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」ヨハネは、ほかにもさまざまな勧めをして、民衆に福音を告げ知らせた。ところで、領主ヘロデは、自分の兄弟の妻ヘロディアとのことについて、また、自分の行ったあらゆる悪事について、ヨハネに責められたので、ヨハネを牢に閉じ込めた。こうしてヘロデは、それまでの悪事にもう一つの悪事を加えた。
 民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。

1月15日
○出エジプト記18章13-27節
 翌日になって、モーセは座に着いて民を裁いたが、民は朝から晩までモーセの裁きを待って並んでいた。モーセのしゅうとは、彼が民のために行っているすべてのことを見て、「あなたが民のためにしているこのやり方はどうしたことか。なぜ、あなた一人だけが座に着いて、民は朝から晩まであなたの裁きを待って並んでいるのか」と尋ねた。モーセはしゅうとに、「民は、神に問うためにわたしのところに来るのです。彼らの間に何か事件が起こると、わたしのところに来ますので、わたしはそれぞれの間を裁き、また、神の掟と指示とを知らせるのです」と答えた。モーセのしゅうとは言った。「あなたのやり方は良くない。あなた自身も、あなたを訪ねて来る民も、きっと疲れ果ててしまうだろう。このやり方ではあなたの荷が重すぎて、一人では負いきれないからだ。わたしの言うことを聞きなさい。助言をしよう。神があなたと共におられるように。あなたが民に代わって神の前に立って事件について神に述べ、彼らに掟と指示を示して、彼らの歩むべき道となすべき事を教えなさい。あなたは、民全員の中から、神を畏れる有能な人で、不正な利得を憎み、信頼に値する人物を選び、千人隊長、百人隊長、五十人隊長、十人隊長として民の上に立てなさい。平素は彼らに民を裁かせ、大きな事件があったときだけ、あなたのもとに持って来させる。小さな事件は彼ら自身で裁かせ、あなたの負担を軽くし、あなたと共に彼らに分担させなさい。もし、あなたがこのやり方を実行し、神があなたに命令を与えてくださるならば、あなたは任に堪えることができ、この民も皆、安心して自分の所へ帰ることができよう。」モーセはしゅうとの言うことを聞き入れ、その勧めのとおりにし、全イスラエルの中から有能な人々を選び、彼らを民の長、すなわち、千人隊長、百人隊長、五十人隊長、十人隊長とした。こうして、平素は彼らが民を裁いた。難しい事件はモーセのもとに持って来たが、小さい事件はすべて、彼ら自身が裁いた。
 しゅうとはモーセに送られて、自分の国に帰って行った。

○ルカによる福音書5章1-11節
 イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。
 そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。

1月22日
○民数記9章15-23節
 幕屋を建てた日、雲は掟の天幕である幕屋を覆った。夕方になると、それは幕屋の上にあって、朝まで燃える火のように見えた。いつもこのようであって、雲は幕屋を覆い、夜は燃える火のように見えた。この雲が天幕を離れて昇ると、それと共にイスラエルの人々は旅立ち、雲が一つの場所にとどまると、そこに宿営した。イスラエルの人々は主の命令によって旅立ち、主の命令によって宿営した。雲が幕屋の上にとどまっている間、彼らは宿営していた。雲が長い日数、幕屋の上にとどまり続けることがあっても、イスラエルの人々は主の言いつけを守り、旅立つことをしなかった。雲が幕屋の上にわずかな日数しかとどまらないこともあったが、そのときも彼らは主の命令によって宿営し、主の命令によって旅立った。雲が夕方から朝までしかとどまらず、朝になって、雲が昇ると、彼らは旅立った。昼であれ、夜であれ、雲が昇れば、彼らは旅立った。二日でも、一か月でも、何日でも、雲が幕屋の上にとどまり続ける間、イスラエルの人々はそこにとどまり、旅立つことをしなかった。そして雲が昇れば、彼らは旅立った。彼らは主の命令によって宿営し、主の命令によって旅立った。彼らはモーセを通してなされた主の命令に従い、主の言いつけを守った。

○ルカによる福音書4章16-30節
 イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。
 「主の霊がわたしの上におられる。
 貧しい人に福音を告げ知らせるために、
 主がわたしに油を注がれたからである。
 主がわたしを遣わされたのは、
 捕らわれている人に解放を、
 目の見えない人に視力の回復を告げ、
 圧迫されている人を自由にし、
 主の恵みの年を告げるためである。」
 イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いて言った。「この人はヨセフの子ではないか。」イエスは言われた。「きっと、あなたがたは、『医者よ、自分自身を治せ』ということわざを引いて、『カファルナウムでいろいろなことをしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ』と言うにちがいない。」そして、言われた。「はっきり言っておく。預言者は、自分の故郷では歓迎されないものだ。確かに言っておく。エリヤの時代に三年六か月の間、雨が降らず、その地方一帯に大飢饉が起こったとき、イスラエルには多くのやもめがいたが、エリヤはその中のだれのもとにも遣わされないで、シドン地方のサレプタのやもめのもとにだけ遣わされた。また、預言者エリシャの時代に、イスラエルには重い皮膚病を患っている人が多くいたが、シリア人ナアマンのほかはだれも清くされなかった。」これを聞いた会堂内の人々は皆憤慨し、総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした。しかし、イエスは人々の間を通り抜けて立ち去られた。

1月29日
○ハガイ書2章1-9節
 七月二十一日に、主の言葉が、預言者ハガイを通して臨んだ。「ユダの総督シャルティエルの子ゼルバベルと大祭司ヨツァダクの子ヨシュア、および民の残りの者に告げなさい。
 お前たち、残った者のうち
 誰が、昔の栄光のときのこの神殿を見たか。
 今、お前たちが見ている様は何か。
 目に映るのは無に等しいものではないか。
 今こそ、ゼルバベルよ、勇気を出せと
 主は言われる。
 大祭司ヨツァダクの子ヨシュアよ、勇気を出せ。
 国の民は皆、勇気を出せ、と主は言われる。
 働け、わたしはお前たちと共にいると
 万軍の主は言われる。
 ここに、お前たちがエジプトを出たとき
 わたしがお前たちと結んだ契約がある。
 わたしの霊はお前たちの中にとどまっている。
 恐れてはならない。
 まことに、万軍の主はこう言われる。
 わたしは、間もなくもう一度
 天と地を、海と陸地を揺り動かす。
 諸国の民をことごとく揺り動かし
 諸国のすべての民の財宝をもたらし
 この神殿を栄光で満たす、と万軍の主は言われる。
 銀はわたしのもの、金もわたしのものと
 万軍の主は言われる。
 この新しい神殿の栄光は昔の神殿にまさると
 万軍の主は言われる。
 この場所にわたしは平和を与える」と
 万軍の主は言われる。

○ルカによる福音書21章1-9節
 イエスは目を上げて、金持ちたちが賽銭箱に献金を入れるのを見ておられた。そして、ある貧しいやもめがレプトン銅貨二枚を入れるのを見て、言われた。「確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである。」
 ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」
 そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」

出所:聖書日課編集委員会編集「日毎の糧2023」(日本キリスト教団出版局、2022年9月28日発行)より作成

2023年12月24日 子どもクリスマス会

 12月24日(土)午後2時から佐倉教会二階の集会室において、子どもクリスマス会を行い、クリスマスをお祝いました。

イエスさまはユダヤのベツレヘムで生まれました(金牧師お話し)
トーンチャイムでクリスマスの讃美歌を演奏しました

イエス・キリストの降誕劇を行いました

後ろを見ずに質問と会場の答えで写真の動物を当てるゲームです