2021年8月29日「サラの笑い」

○金 南錫牧師  創世記18章1-15節

 暑い真昼に、アブラハムはいつものように、天幕の入り口に座って休んでいました。その時、神様は三人の旅人の姿でご自身を現されたのです。アブラハムはここで、三人の旅人を迎え入れ、もてなしました(1、2節)。 アブラハムは、客の足を洗う水を用意し、休むためのスペースを提供しました。また、妻のサラには上等な食事を用意するように促しました(6節)。アブラハム夫婦は、見知らぬ旅人をたいへん手厚くもてなします。これは、旅人をもてなす遊牧民の習慣でした。

 この習慣に従って、アブラハムは自分も走り回って、三人の旅人に文字通りのご馳走を準備しました。「アブラハムは牛の群れのところへ走って行き、柔らかくておいしそうな子牛を選び、召し使いに渡し、急いで料理させた。アブラハムは、凝乳、乳、出来立ての子牛の料理などを運び、彼らの前に並べた。そして、彼らが木陰で食事をしている間、そばに立って給仕をした」とある通りです(7節、8節)。三人の旅人が涼しい木陰で食卓に着いた時、給仕係を務めたのはアブラハムでした。このように、アブラハムは手厚く、へりくだって、見知らぬ旅人をもてなしています。ヘブライ人への手紙13章2節に「旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることで、ある人たちは、気づかずに天使たちをもてなしました」と記されていますが、この「ある人たち」とはアブラハム夫婦に違いありません。

 三人が旅立つ時に、その中の一人がアブラハムに重要なことを伝えました。それは、10節にあるように、「わたしは来年の今ごろ、必ずここにまた来ますが、そのころには、あなたの妻のサラに男の子が生まれているでしょう」という予告でした。サラは近くの天幕の入り口でその予告を耳にしました。そして、サラは心の中で笑いました。どうしても信じられなかったからです。

 このサラの笑いに対して、主なる神は「なぜサラは笑ったのか。なぜ年をとった自分に子供が生まれるはずがないと思ったのだ。主に不可能なことがあろうか」と、厳しく問われるのです。この神の問いに対して、サラは「恐ろしくなった」とあります(15節)。そして、サラはあわてて「わたしは笑いませんでした」と言いますが、主は「いや、あなたは確かに笑った」と彼女の笑いを厳しく追及されるのです。

 しかし、その追及の言葉の中に、14節の「主に不可能なことがあろうか。来年の今ごろ、わたしはここに戻ってくる。そのころ、サラには必ず男の子が生まれている」という言葉があるのです。神様はアブラハム夫婦の不信仰による笑いにもかかわらず、「来年の今ごろ、サラには必ず男の子が生まれている」という約束の言葉を繰り返し語られるのです。つまり、神様は不信仰を厳しく追及しつつ、その信仰を支えてくださるのです。約束の言葉に対して、笑ってしまうような信仰の弱さを持っていたアブラハム夫婦でしたが、彼らの信仰の弱さを、神様は支えてくださったのです。そのアブラハムの神は私たちの神でもあります。私たちの弱さ、信仰の弱さを、神様が支えてくださるのです。ですから、信仰が弱まる時、「神様、どうか私の信仰を強めてください」と祈り願いたいものであります。

 また、今日の聖書箇所の最後に、サラが笑いながらも、主への恐れを新たにしたように、いつもこの主への恐れを覚えたいものです。この主なる神への恐れがある限り、信仰は弱まらないでしょう。

2021年8月22日「勇気を出して生きられる」

○今井武彦兄  ヨハネによる福音書16章25-33節

 2013年に「イエス・キリストの体なる共同体としての教会」と題して奨励をする時を与えられました。それから8年間余りどの様に生きてきたかの一端をお話します。

 私は、奨励をした同じ年、つまり67歳の2013年春先に東邦大学病院に入院し、身体のホルモンバランス機能が低下する難病の「下垂体機能低下症」と診断されました。神様のみ力による医学の進歩で、以後今日まで服薬生活をして、命を長らえております。

 同じ2013年墓地管理委員となり、教会墓地に納骨する方のお手伝いをしました。この8年間の間に13名の方々の納骨のお手伝いをしました。納骨に当たっては、それぞれのご家庭の事情があり、悲しみ等を、直接 肌で感じる機会を与えられました。

 次に、2019年4月かねてから「ゆうゆうの里」に入居していた義母が、94歳で天に召されました。義母は、80歳位から認知症が徐々に表れ始めました。義母は、信仰を持てなかったため、最後まで、ありのままの自分を受け入れることができませんでした。

 このような経験をする機会の中で、自分の信仰について改めて考えてみようと思い、パウロ書簡、ヨハネによる福音書、ヘブライ人への手紙を中心に読みました。ヘブライ人への手紙12章5~6節に「わが子よ、主の鍛練を軽んじてはいけない。主から懲らしめられても、力を落としてはいけない。なぜなら、主は、愛する者を鍛え、子として受け入れる者を皆、鞭打たれるからである」とあります。

 今、私たちは、苦難・艱難に遭うと、自分の殻に閉じこもりがちになります。このような時こそ、自分の生活を見直さなければなりません。気を取り直し、「主イエス・キリストの父なる神様」への祈りの時を持ち、福音に帰って行くべきだと思います。しかも、神の恵みは日々新たに与えられるもので、このためには、毎週の主日礼拝は、神の恵みに気付く機会であり、欠かすことは出来ません。しかし、現実は、主イエス・キリストの父なる神を信じるということは、自分の弱さ、愚かさ、恥を告白し、さらに自分が罪人であることを勇気を出して神様に伝える、即ち、そのようなほころびの多い自分を、全てを神様に委ねることだと思うようになりました。

 「その主イエス・キリスト」と共に歩むことは、この世に生きている中で、平安を得るためであります。しかし、平安を得るということは、これまで知らない苦難にも遭うこともあります。主イエス・キリストと共に歩む私たちは、恐れることなく生きられます。

 ヨハネ16章33節には、主イエス・キリストが「しかし、勇気を出しなさい。私は既に世に勝っている」と励ましの言葉を述べています。このことはいかなる時でも「勇気を出して生きられる」ということではないでしょうか。

2021年8月15日「契約のしるし」

○金 南錫牧師  創世記17章1-27節

 先週の創世記16章は、「ハガルがイシュマエルを産んだとき、アブラムは八十六歳であった」ことが記されて終わっています。そして、今日の17章は「アブラムが九十九歳になった」ことを告げて始まっています。その間の十三年間のことは何一つ記されていません。この空白の十三年間、アブラムには神の御声が聞こえて来ませんでした。神の沈黙です。

 この神の沈黙の十三年間、アブラムにとって神様の約束を忘れさせる期間であったかも知れません。あるいは、信仰を失いつつある時期と言えるかも知れません。しかし、そういうアブラムに、神様が現れてくださるのです。それも、全能の神様として現れてくださるのです。そして、アブラムに「わたしは全能の神である。あなたはわたしに従って歩み、全き者となりなさい」と語り、完全な服従を求めます。そして、アブラムが忘れていたあの約束「あなたをますます増やすであろう」という約束を繰り返してくださるのです。しかも、この時は「わたしは、あなたとの間にわたしの契約を立てる」という言葉を伴って、この約束を更新してくださるのです(2節)。

 アブラムは、神様の約束の言葉の前に、「ひれ伏し」ます(3節)。そして神様の語りかけに耳を傾けます。その神の語りかけが22節まで続いています。まず、4節から8節までを見ますと、名前がアブラムからアブラハムに改名されることと、永遠の契約を立ててくださることが記されています。そして、神様が立ててくださる契約の内容は、子孫を増やしてくださることと、カナンの土地を与えるということですが、8節にありますように、その根源は、「わたしは彼らの神となる」ということに尽きます。どんなことがあったとしても、私はあなたの神、またあなたの子孫の神である、それは永遠に変わることのない契約であるとおっしゃるのです。

 9節から14節までには、「割礼」について、記されています。今まで、ひたすら神様ご自身が立ててくださる契約が記されていましたが、9節以下は、アブラハムとその家族がどのように契約を守るかが記されています。10節に「あなたたち、およびあなたの後に続く子孫と、わたしとの間で守るべき契約はこれである。すなわち、あなたたちの男子はすべて、割礼を受ける」とあります。割礼は男の包皮の部分を切り落とすことで、それが、神様との契約のしるしとなったのです(13節)。

 アブラハムはこの後、23節以下にもありますように、神様の言葉に従って割礼を受けることによって、神様との契約関係に入っていくことになります。今日に生きるキリスト者である私たちは皆、新しい契約によって神の民とされました。神様が立ててくださった新しい契約、それは神様の独り子イエス・キリストの十字架の死と復活を通して、私たちの罪を赦し、新しく神の子として生かすという約束をしてくださったのです。

 神様は今、神の約束を信じることなく、この世の習慣によって子どもをもうけて十三年を経てしまったアブラムに、新しく出会い、あの古くて新しい約束を語りかけてくださいました。これまで何度も不信仰に陥ってきたアブラハムですが、神様は、十三年の沈黙の時を経て、新しく彼を生まれ変わらせようと語りかけてくださったのです。私たちも同じです。時には、不信仰に陥り、罪を犯し、鈍くなっている私たちを、なおも顧みて、今日も新しく十字架と復活による赦しを与え、神の子として生きる命を与えようとして語りかけて下さっているのです。この語りかけに応えていこうではありませんか。

2021年8月8日「サライとハガル」

○金 南錫牧師  創世記16章1-16節

 アブラムがカナンの地に移り住んでから、早くも十年の歳月が経過しました(3節)。その間、アブラムは跡継ぎとなる子どもを与えられるという神の約束を何度もいただいていました。しかし、いつまで待っても跡継ぎとなる子どもが生まれる気配はありません。サライは、当時の習慣に従って、女奴隷のハガルを夫のアブラムに差し出すことを提案したのです(2節)。この時、アブラムはどんな態度を取ったでしょうか。彼は神の約束を待ち続けることができませんでした。妻の言葉を受け入れ、女奴隷によって子どもを得ようとしたのです。

 間もなく、若いハガルは身ごもりました。ところが、それに伴って、別の悩みごとが生じました。ハガルは自分が跡継ぎの母親になることを予想して、次第に女主人であるサライを軽んじるようになりました(4節)。サライは、ハガルの態度を不愉快に思い、夫のアブラムに抗議の言葉を投げかけました(5節)。サライの心の中には嫉妬と不満が渦巻いていました。それはハガルへのいじめとなって溢れ出ることになります。両者の板挟みとなったアブラムの苦悩は深まるばかりでした。

 遂にアブラムは妻の言い分を受け入れ、サライに「あなたの女奴隷はあなたのものだ。好きなようにするがいい」と答え、ハガルについての権利を委ねたのです(6節)。サライはアブラムの許可を盾にして、何かにつけてハガルにつらく当たるようになりました。ハガルはサライの仕打ちに耐えられなくなり、身重の体にもかかわらず、自分の故郷であるエジプトへ帰ろうと決心し、サライのもとから逃げ出しました(6節)。

 傷心のハガルは、カナンからエジプトに通じるシナイ半島のシュル街道をとぼとぼ歩き続けました。その時、主の御使いの声が聞こえてきたのです。「サライの女奴隷ハガルよ。あなたはどこから来て、どこへ行こうとしているのか」(8節)。この言葉は「ここはあなたのいるべきところではない」というニュアンスが含まれています。つまり、これは本来あるべき所へ引き戻すための呼びかけです。そして「女主人のもとに帰り、従順に仕えなさい」と諭しました。

 さらに主の御使いは、ハガルにも「わたしは、あなたの子孫を数えきれないほど多く増やす」と、アブラムに与えられたのと同じ祝福の約束を与えられたのです(10節)。そして、ハガルがやがて男の子を産むことを予告し、その子を「イシュマエル」と名付けるように命じます。この名前の意味は、11節後半に「主があなたの悩みをお聞きになられたから」とあるように、「主がお聞きになる」ということです。

 ハガルは13節で、自分に語りかけた主の御名を呼んで、「あなたこそエル・ロイです」と言いました。「わたしを顧みられる神」という意味です。アブラムにもサライにも捨てられて一人ぼっちだと考えていた身重のハガルは、自分に目を留めていてくださる神と出会ったのです。見捨てられ、荒れ野の中で一人さまようハガルを探し出し、見守っておられる神は、今も生きておられ、悩みの中にいる私たちにも、目を留め、見守っておられるのです。日々の生活のさ中で「わたしを顧みられる神」とともに、信仰の旅路を続けるものでありたいと願います。

2021年8月の主日聖書日課から

8月1日
○ヨナ書3章1-5節
 主の言葉が再びヨナに臨んだ。「さあ、大いなる都ニネベに行って、わたしがお前に語る言葉を告げよ。」
 ヨナは主の命令どおり、直ちにニネベに行った。ニネベは非常に大きな都で、一回りするのに三日かかった。ヨナはまず都に入り、一日分の距離を歩きながら叫び、そして言った。
 「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。」
 すると、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者も低い者も身に粗布をまとった。

○マタイによる福音書9章35-38節
イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」

8月8日
○エレミヤ書20章11-13節
 しかし主は、恐るべき勇士として
 わたしと共にいます。それゆえ、わたしを迫害する者はつまずき
 勝つことを得ず、成功することなく
   甚だしく辱めを受ける。
 それは忘れられることのない
   とこしえの恥辱である。
 万軍の主よ
 正義をもって人のはらわたと心を究め
   見抜かれる方よ。
 わたしに見させてください
 あなたが彼らに復讐されるのを。
 わたしの訴えをあなたに打ち明け
 お任せします。
 主に向かって歌い、主を賛美せよ。
 主は貧しい人の魂を
   悪事を謀る者の手から助け出される。

○マタイによる福音書10章16-20節
 「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である。

8月15日
○創世記24章62-67節
 イサクはネゲブ地方に住んでいた。そのころ、ベエル・ラハイ・ロイから帰ったところであった。夕方暗くなるころ、野原を散策していた。目を上げて眺めると、らくだがやって来るのが見えた。リベカも目を上げて眺め、イサクを見た。リベカはらくだから下り、「野原を歩いて、わたしたちを迎えに来るあの人は誰ですか」と僕に尋ねた。「あの方がわたしの主人です」と僕が答えると、リベカはベールを取り出してかぶった。僕は、自分が成し遂げたことをすべてイサクに報告した。イサクは、母サラの天幕に彼女を案内した。彼はリベカを迎えて妻とした。イサクは、リベカを愛して、亡くなった母に代わる慰めを得た。

○マタイによる福音書12章46-50節
 イエスがなお群衆に話しておられるとき、その母と兄弟たちが、話したいことがあって外に立っていた。そこで、ある人がイエスに、「御覧なさい。母上と御兄弟たちが、お話ししたいと外に立っておられます」と言った。しかし、イエスはその人にお答えになった。「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。」そして、弟子たちの方を指して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である。」

8月22日
○ハバクク書3章17-19節
 いちじくの木に花は咲かず
 ぶどうの枝は実をつけず
 オリーブは収穫の期待を裏切り
 田畑は食物を生ぜず
 羊はおりから断たれ
 牛舎には牛がいなくなる。
 しかし、わたしは主によって喜び
 わが救いの神のゆえに踊る。
 わたしの主なる神は、わが力。
 わたしの足を雌鹿のようにし
 聖なる高台を歩ませられる。

○マタイによる福音書13章31-33節
 イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」また、別のたとえをお話しになった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

8月29日
○列王記上3章5-9節
 その夜、主はギブオンでソロモンの夢枕に立ち、「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と言われた。ソロモンは答えた。「あなたの僕、わたしの父ダビデは忠実に、憐れみ深く正しい心をもって御前を歩んだので、あなたは父に豊かな慈しみをお示しになりました。またあなたはその豊かな慈しみを絶やすことなくお示しになって、今日、その王座につく子を父に与えられました。わが神、主よ、あなたは父ダビデに代わる王として、この僕をお立てになりました。しかし、わたしは取るに足らない若者で、どのようにふるまうべきかを知りません。僕はあなたのお選びになった民の中にいますが、その民は多く、数えることも調べることもできないほどです。どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう。」

○マタイによる福音書13章44-46節
 「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。

出所:聖書日課編集委員会編集「日毎の糧2021」(日本キリスト教団出版局、2020年12月25日発行)より作成

エノクの生涯が示すもの 神と共に歩む信仰生活を 創世記五章二一節~二四節

○ぶどうの枝第54号(2021年6月27日発行)に掲載(執筆者:金 南錫牧師)

 創世記五章には「アダムの系図」という小見出しが付けられていて、二一節にエノクという人物が出てまいります。二一節から二四節です。
 「エノクは六十五歳になったとき、メトシェラをもうけた。エノクは、メトシェラが生まれた後、三百年神と共に歩み、息子や娘をもうけた。エノクは三百六十五年生きた。エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった。」
 五章に出てくる他の人は、何百年生きて、そして死んだというふうに書いてありますが、このエノクに関してだけは、「エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった」と書かれています。
 神に創造された人間は、神の息を受けて初めて生きるものとなりました。つまり、人間は神と共に歩くように造られたのです。そして、エノクはそのように神と共に歩みました。だから、「神と共に歩み」ということが二度も強調されて記されています。ところが、「神と共に歩み」という表現は、エノクが正しい人間であったとか、罪を犯さない人間であったとか、そういうことではありません。エノクも人間としての限界を持っていたでしょう。しかし、そういう人間が平凡な生活の中で、神に出会い、神に支えられて生きていくことが「神と共に歩み」という言葉の中に含まれていると思います。
 ここで、エノクは地上で何をしたということは一切書かれていません。どういう仕事をして、どういう業績を残したなど、何にも書かれていません。ただ、一つ言えることは、エノクは神と共に歩んだのです。それだけが彼の人生について言える事柄でした。だから、ひょっとしたら彼は仕事に失敗し、何回か挫折した経験があったかもしれません。また、罪を犯したかもしれません。エノクは弱さと限界を持つ普通の人間でありました。しかし、そういう人間が神と共に歩んだのです。そして、エノクは死んだのではなく、「神が取られたのでいなくなった」とあります。 このところをヘブライ人への手紙一一章五節、六節では、こう解釈しています。
 「信仰によって、エノクは死を経験しないように、天に移されました。神が彼を移されたので、見えなくなったのです。移される前に、神に喜ばれていたことが証明されていたからです。信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神が存在しておられること、また、神は御自分を求める者たちに報いてくださる方であることを、信じていなければならないからです」。

 エノクの召天の意味

 神様が不思議な形で介入されることによって、エノクだけが他の人とは違った形で、天に上げられました。それは、イエス・キリストによって示される復活の予告のような気がいたします。イエス様は、まさに神の子として、最も忠実に「神と共に歩んだ」方でありました。それゆえに、神の意志として十字架につけられました。私たち人間の代表として、「死」を経験されます。そこはエノクと違うところですが、神様は、そのイエス・キリストを死者の中から復活させて、天へと移されました。ですから、エノクの生涯は、イエス・キリストのことを指し示していると言えます。
 また、そのイエス・キリストに続く私たちの命をも、エノクは指し示しているのです。それは、イエス・キリストに続いて、神の言葉を受け入れて、神と共に歩む者は、エノクのような生涯を送るということです。
 ですから、「神と共に歩む」とは、神の言葉に従う信仰生活のことです。信仰生活は、劇的な体験より、日々の平凡な日常生活の繰り返しの方が多いのです。エノクは日々の生活の中、良いときも都合の悪いときも、神の言葉に従う信仰によって生き抜きました。ここに神に喜ばれる彼の信仰の生涯があったのです。

 神が私たちを捉える

 「エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった」とあるように、エノクの命は、そのまま神の御手に委ねられました。私たちは「神と共に歩む」ならば、たとえこの地上の死を経験しようとも、それは完全な終わりではないのです。永遠の命が約束されているのです。イエス様はこう言われました。
 「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」(ヨハネによる福音書一一章二五、二六節)。
 エノクの人生を一言で言い表せば、「神と共に歩む人生」であります。私たち一人一人の人生、これを一言で言い表したら、どういうことになるでしょうか。「私は生涯家族のために、一生を過ごした」。このような生涯も、それなりに意味があるに違いありません。しかし、「彼は神と共に歩んだ」と要約されるような生涯を送りたいものです。三浦綾子さんが書いた『旧約聖書入門』という本の中、こう書いてあります(六六頁)。
 『「神と共に歩み」と書かれているのは、エノクだけである。エノクの生涯はわずか一行に過ぎない記述だが、これは偉大なる生涯なのかもしれぬと、説教に聞いたことがある。彼はその信仰のゆえに、死なずに、神に取り去られて天に昇ったと当時の人々は思ったに違いない。私たちが死んだとき、一行で私たちの生涯を誰かが記すとしたら、果たして何と記してくれるだろう。「彼は一代にして財をなし、七十五歳で死んだ」「彼は、何某と結婚し、男と女を産み、九十歳で死す」といったところであろうか。それともスタンダールのごとく、「生きた、恋をした、死んだ」であろうか。「神を信じ、人を愛して死んだ」と書かれる生涯は送る人は、まれであろう』
 聖書は、神と共に歩んだエノクを、「神が取られたので、いなくなった」と語っています。つまり、神が主体なのです。エノクが苦労して、道を開いて、どこかに到達したという話ではなくて、神の方が手を伸ばして、エノクを取られたのです。つまり、自分が一生懸命神に向かっていたつもりですが、神の方が自分を捉えていてくださるのです。それが信仰の歩みです。
 私たちの人生も同じです。私が主体となって、一生懸命神の手を握りしめて生きるのですが、その手はやがて衰えていきます。しかし、神の方が私をしっかりと捉えるのです。そして、ご自分の元に引き寄せてくださるのです。私たちの人生の歩みはいろいろな難しい問題を一杯抱えています。
 今年も、まだ終わりの見えないコロナ禍の中、神と共に歩むことによって、やがて神が私たちを捉えて、ご自分の元に引き寄せてくださることを信じ、すべてを神に委ねましょう。そして、二〇二一年度の歩みが、神と共に歩む信仰の歩みとなりますように、祈り願います。
 「エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった」(創世記五章二四節)

随想 御言葉に励まされ

○ぶどうの枝第54号(2021年6月27日発行)に掲載(執筆者:MK)

 佐倉に移り住むことになった当時のことです。今は亡き友人が贈ってくれた詩編の言葉が折に触れ思い出され、慰められたことを思います。
「主は人の一歩一歩を定め
 御旨にかなう道を備えてくださる
 人は倒れても、打ち捨てられるのではない
 主がその手をとらえていてくださる」(詩編三七編二三~二四節)
 悩んだり思い煩うことが多い私ですが、これまでの歩みを導いてくださり、今、信仰の仲間と共に礼拝ができ、心が整えられるこのかけがえのない今の生活を有り難く心から感謝に思います。
 しかし、今、世界を覆う新型コロナウイルスのために私たちの生活は大きく揺さぶられています。教会も大きな制限を受け、従来のような活動はできなくなっています。
 私自身、人との交わりも失われるような状況の中で、しぼんでしまいそうな思いを味わいました。そんなとき、聞いた御言葉です。
 「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようにしなさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい」(フィリピの信徒への手紙四章四~六節)
 喜ぶことの難しさを思ってしまう私がいます。喜び得ない状況の中で語るパウロの言葉を繰り返し聞きました。喜びの源である主イエス・キリストをいつも思い起こすことにおいてこそ可能になると語っていると思いました。
 どんな時にもイエス様が一緒に歩んでくださっているから安心して進むようにと、励ますパウロの信仰の言葉が迫ってくるように響きます。素直な心で聞き、祈ることによって、開かれていくことを教えられました。
 五月には定期総会が行われました。今年は役員選挙も行われ、導かれ、整えられて歩み出すことができて感謝に思います。役員の一人に選ばれましたが、このことを神様の御心と受け止め務めていきたく思います。

転入会者より 主の備えの許に 沖縄の旅を終えて思う

○ぶどうの枝第54号(2021年6月27日発行)に掲載(執筆者:FI)

 懐かしい佐倉教会に再び帰り、教会生活ができることを感謝します。しばらく私は、沖縄でフードバンク活動をライフワークに、十三年間過ごしました。沖縄は、亜熱帯の自然豊かなリゾートではありますが、歴史的、文化的、民族のDNAも違う、日本語が通じる異国。ここで自らが「ヤマト(大和、本土)の人間」という異質なタイプの日本人であることを初めて意識させられました。
 そんな異文化の中で、明るく屈託ないウチナーンチュたちにも、ふとしたときに表れる心の陰りを感じることがありました。それは、沖縄戦で受けた今も癒えない傷がヤマトンチュウ(大和の人)には理解されないことへのわだかまりなのか、特に高齢者から感じさせられました。お互いに違和感を持ちながらも、お互いを受け入れ文化を分かち合いながら、志を共にする、「NPOフードバンクセカンドハーベスト沖縄」(第二の畑の意)を通じての生活が始まりました。
 メディアでは報道されない実情も次第に分かってきました。温暖な地ゆえに流れてくるホームレスの人たちも多く、母子・父子家庭の困窮世帯の多い中で、本来の「ゆいまーる(助け合い)」の精神がお互いを支え合う原動力になっていることも分かりました。
 私は、なぜここにいるのだろう。縁もゆかりもないここに導かれた意味は何だったのかとふと思うことがありました。
 二〇〇三年、伴侶の死を機に十五年関わっていた「いのちの電話」を退局、そのときの喪失感のつらさから逃れるようにたどり着いた沖縄でした。生きる目標をなくしていたこの頃、東京のフードバンクのことを知りました。「これからはこれだ」と直観、何度目かの沖縄旅行中、友人から沖縄にもフードコートというものができて、近日、勉強会があるとの知らせに、「主の山に備えあり」と喜び、直ちに出席しました。熱っぽく語る三十歳代の主婦の姿に心打たれ、趣旨にも賛同できて、旅行中にもかかわらず、ボランティア登録をして帰宅しました。そして、車に荷物を積み、一か月後には那覇市民になっていました。
 「フードバンク」とは、まだ十分食べられるにもかかわらず、期限が間近などの理由で捨てられてしまう「もったいない食品」を企業や個人から無償で譲り受け、適切な管理の下に生活困窮者や必要とする支援団体などへ無償で提供する活動です。沖縄は、貧困率も高く、その必要性が求められています。
 一方、食料を輸入に頼る我が国は、輸送にかかる二酸化炭素により環境負荷がかかり環境汚染や地球温暖化の一因にもなっています。
 聖書には、初め天地を創られた神様は、人間を祝福して「産めよ、増えよ、地に満ちて、地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地を這う生き物をすべて支配せよ」とあります。しかし、「従わせよ」「支配せよ」の意味は、「お互いに支え合って一緒に住む」というそうです。神の見えない御手に支えられてこそ「非常に良かった」状態が継続できるのです。けれども今や人は、海も空も地上も支配し、殺りくを繰り広げ、支配の限りを尽くしています。
 多くの飢えた人たちのいることも忘れ、食物は常にあるのだという錯覚の中で、食べ物を無駄にしたり、飽食に走る人間に、「父よ彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ二三章三四節)との御言葉が胸に響きます。そして、「この地を滅ぼすことがないように、わたしはわが前に石垣を築き、石垣の破れ口に立つ者を彼らの中から探し求めたが、見いだすことができなかった」(エゼキエル書二二章三〇節)。この厳しく迫る御言葉の前で、ただ立ち尽くすことしかできない者です。
 それでもなおも赦し憐れんで愛の御手の下にお取り成しくださる主に希望を持って、御旨に叶うような歩みが少しでもできるように願うばかりです。この沖縄での日々は、私自身の生き方が問われ、歩みを軌道修正させてくれた、誠に主が備えてくださった学びの場となり、心を癒やされた旅となりました。深い感謝をもって。
(注)
・ウチナーンチュ…沖縄生まれの人のこと
・ヤマトンチュウ…沖縄県以外の人のこと

転入会者より 迷える一匹の羊 今故郷に帰る

○ぶどうの枝第54号(2021年6月27日発行)に掲載(執筆者:IT)

 私どもの長女は、某国立女子大学卒業の春、前年の国家公務員試験に合格後内定をいただいていました宮内庁に女子総合職第一号として勤務することになりました。入庁後は順調に職務をこなし、三年後には侍従職(しき)に抜てきされ、平成時代の両陛下の身近にお仕えすることとなりました。陛下や当時の皇后美智子さまの御名代として赴く侍従様の供をして、各所に出向く娘を持つ母親である私は、誠に得意の極みにありました。
 順調と思っていた娘が出勤前のある日の朝、突然「仕事に行きたくない」と大粒の涙を流し、泣き出しました。長い欝病との闘いの日々の始まりです。その当時は事情を飲み込めぬまま、医師の言う一時の「疲れ」なら数か月の休養で回復するとばかりの軽い気持ちで楽観視しておりました。がしかし、一向に職場に復帰する兆しがありません。やっと事の重大さに気が付き焦った私は、知り得る限りの癒し信仰を掲げるカリスマ系牧師たちを訪ね、あちらこちらの教会をさ迷っておりました。
 罪を告白せよと言われればその様にし、身の丈に合わない献金を要求されれば従いました。しかし、薬石も祈りの効もないまま病は重くなる一方で、私は半狂乱になっていたと思います。そんな折、上司の侍従次長様のお誘いで東京芝教会の礼拝へ家族で参加させていただくようになりました。思えば子供の頃、私は教団CSに参加しており、また、高校時代に通うよう学校から指示されていたのも教団教会でしたので、芝教会に違和感はありませんでした。その後の様々な道のりを経て十年程前から同じ教団の佐倉教会に出席させていただいておりました。
 迷える一匹の羊であった私を神様は探し出し、正式に転会を許された今やっと故郷に帰してくださいました。不思議な御手と、温かく迎え入れてくださいました金牧師様を始め多くの方々のご愛を思い、心から感謝とお礼を申し上げます(なお芝教会は遠過ぎるのとその後娘の退職に伴い、御無沙汰となりました)。同じ日に転会式に臨まれたI姉には、ご自身の過ぎしのこと等を話し信仰を分かち合って下さいました影響で、私もやっとありのままの自分をここに披瀝することができましたことを感謝しております。このような私ではありますが、どうぞ皆様仲よいお交わりをよろしくお願い申し上げます。
 「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます」(コリントの信徒への手紙一 一〇章一三節)

召天礼拝弔辞 Kさんありがとう

○ぶどうの枝第54号(2021年6月27日発行)に掲載(執筆者:MT)

 Kさん。
 今までこんな私をかわいがってくださり、大事にしてくださり、本当にありがとうございました。
 今日は、Kさんがきれいな澄んだお声で歌っている姿を思い浮かべながら、愛唱讃美歌の「山路越えて」(四六六番)を皆様と賛美させていただきました。

(四節)
 みちけわしく ゆくてとおし
こころざすかたに いつか着くらん。
(五節)
 されども主よ、われいのらじ
 旅路のおわりの ちかかれとは。

 この詞のとおり、この世の旅路は苦難のときも悲しみのときもおありだったと思います。それでも精一杯神様に心を向けて、この世を愛し、人に尽くし、楽しみながら安心してご奉仕に命を注ぎ、懸命に生きられたお姿に心から感動します。
 私にとっては突然の教会生活の具体的な欠落で、しばらく言葉を失っておりました。日曜の朝ごとに同じ電車に乗り、「Mさん!」と呼び、すいている電車なのにお尻をよけて「ここよ!」と席をくださいます。京成佐倉駅に到着すると、Sさんがお待ちくださり、車でまずは三人で教会学校の礼拝にご一緒させていただきました。
 Kさん、Kさんが焼いてくださったクッキーで教会学校の子供たちが大きくなりました。
 小さく、やんちゃだった子供たちが、この春社会人になりました。神学校に入学した子供もいます。今一生懸命に自分の道をつかもうと模索している子供もいます。クリスマスには毎年二百枚ものクッキーを作ってくださいましたね。「二週間かけて缶の中に貯めて、冷蔵庫に入れておけば大丈夫よ。楽しみなのよ」とにこにことおっしゃって。食べやすい優しい甘いKさんのクッキーとマドレーヌ。忘れません。
 見習うことばかりでしたのに、何も実行できなかったのが悔やまれます。Kさんからの宿題をたくさんいただいたので、これから一つ一つ果たしていけたらと願っています。とても私には全部はできませんが、今度お会いしたとき褒めていただけるように、一つでも多くできるようにしたいと思います。
 Kさん、本当にお世話になりました。
 心からありがとうございます。
 感謝を込めて。