随想 見つかった迷子の子羊

○ぶどうの枝第55号(2021年12月31日発行)に掲載(執筆者:HK)

 洗礼を受けてから、気が付けば五十年以上たっています。神様の大きな御手に包まれ、守られて信仰を支えられてきたとつくづく思います。
 私の実家ではクリスチャンは母だけでしたが、祖母も父も母の信仰を大事にしてくれ、母は教会中心の生活を送ってきました。幼い頃日曜学校に連れていかれたことはあまり記憶にないのですが、キリスト教、佐倉教会は身近な存在でした。中学生になったとき、ふらっと教会へ行き始めました。同学年の友達四、五人ぐらいで日曜学校が終わった後、礼拝中の会堂の隣の部屋でおしゃべりをしたり、テスト前は勉強したりとお昼頃まで過ごしていました。教会に通っていたというより、友達と遊んでいたという方が正しかったくらいです。
 高校生になっても相変わらずだった私たちは、石川深香子先生から「礼拝に出なさい!」と言われ、後ろの方で小さくなって座っていました。熱心さには程遠い私たちでしたが、教会員の方々の神様に向き合っている姿勢がとても印象に残っています。
 高校卒業後は佐倉に残っていたのは私だけでしたが、教会学校を手伝ったりしながら教会生活を続けていました。二十歳になったとき、石川キク牧師から「浩子ちゃんそろそろいいんじゃない?」との言葉に、なぜか何の疑問もなく当たり前のように「はい」と答えていました。受洗に当たって、いろいろ悩んだ末の決断とか、新たな出発への感動などはなかったけれど、教会員の方々の祝福を受け、あのまっすぐ前を向いている方々の仲間入りをさせていただいたという緊張感は忘れられません。
 結婚して佐倉を離れてからは毎日の生活の忙しさの中、段々教会から遠ざかり、そのうちに聖書を読むことも、祈ることからも離れてしまう時期もあったり、またハッとして戻るの繰り返しでした。
 二十七年ほど前に佐倉に戻ってきて、佐倉教会のあの古い木造の会堂を見て、とても懐かしくうれしかったです。新たな教会生活の出発となりました。それでも自分には強い決断や体験もないままのこんな信仰でいいのかとの思いもありました。
 そんなとき、西千葉教会のグドゥルン・シェーア先生の「捜索願い」という講演がありました。有名な迷子の子羊の例え話です。
 「この羊飼いのように、神様は一人一人の人間を迷子になった子どものように捜しておられる。人間を救うため、イエス・キリストを生きた捜索願いとしてこの世にお遣わしになり、人間を見つけ出し、その罪、神様に対する不平不満を負うて十字架に掛けられた。そしてイエス・キリストの十字架上の死において人間は救われ、完全に神様に見つけられた。イエスキリストに見つけていただき、神様の歓迎パーティーに連れて帰ってもらう」。
 迷子の子羊は私なんだ、イエス様に見つけていただいたんだとの感謝の思いを強くしました。また見つかったことを喜んでくださり、大切に思い、ずっと見守ってくださっている。なんて大きな恵みなんだろう。自分の受けたものに応えていけばいいのかなと、少し吹っ切れたことを覚えています。何事にも時がある、私にはこれだけの時が必要だったとも思いました。
 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである」(ヨハネによる福音書三章一六、一七節)。
 相変わらず頼りなく迷ってばかりの私ですが、祈りつつ共に歩いてくださるイエス様に従っていきたいと思います。

随想 神様の摂理を受け入れて

○ぶどうの枝第55号(2021年12月31日発行)に掲載(執筆者:NI)

 「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」(ヨブ記一章二一節)。
 長かった人生の旅路も、いよいよ残り少なくなってきました。思い返しますと、聖歌二九二番の歌詞「きょうまでまもられきたりしわがみ……」の正にこの一言に尽きます。
 私は、墨田区本所の桜並木の大変美しい隅田川の近くで生まれました。その地で、昭和二十年の終戦の年に東京大空襲に遭遇し、火事の熱さを避けるために、祖父に抱かれて隅田川に入水しました。幸いなことに、そのときは祖父の気転もあり、無事に助かりました。
 ところで先日は、思いがけなくも佐倉市役所の玄関ロビーで、そのとき体験した東京大空襲の展示会がありました。私は、どんなものかと興味深く見にいきました。展示物の中に、無残にも着のみ着のままの多くの死体が、隅田川に流されていく光景を見ました。その瞬間ショックを受けて思わず立ちすくんでしまいました。
 誰の人生においても、本当に思いがけない事件事故など、人知では測り知れないことが起こってきます。私は、終戦直後の飢餓や疫病のような困難から守られ、今日まで何とか生かされてまいりました。ところが、思い返しますと、時には希望と現実との間に大きなギャップを感じる苦難を体験しました。正直に告白しますと、受洗後もそんな苦難に出会いますと、神様を信じていくことに疑いが生じたことがありました。
 しかしながら、これまでヨブ記を何度となく読み、私なりに神義論を学んできました。そこで、悔い改めて幸も不幸も全てを神様の摂理として受け入れるべきと、確信するようになりました。その結果、半世紀以上にわたり、神様はわたしをキリスト者として持続させて、今日までお守りくださいました。
 ところで、病気などの「不幸」は、全て具体的かつ客観的で誰にも共通すると思えます。他方、「幸福」は極めて抽象的かつ主観的で、万人に共通ではないように思えてなりません。
 私は若い頃から、長く生きれば生きるほど、分からないことが次第になくなってくると思っていました。しかしながら、年をとるにつれて、かえって分からないことが多くなってきたようです。
 このことに関して、ギリシャ哲学者のソクラテスが提唱した、有名な「無知の知」ということが思い出されます。即ち、知らない(無知である)ということを知っている時点で、知っていると勘違いしている人よりも、優れているという考えです。例えば、死後の運命についても、正にそのように考えられます。そういう問題は、一生かかって聖書を通して、自分自身の信仰を高めていくことが大切ではないでしょうか。従いまして、無理に今すぐ分からなくても良いのではないかと思うようになりました。
 最後になりましたが、前代未聞の世界的コロナ禍の中、今日まで守られてきましたことが、何よりも幸いと思います。この不条理の世においては、運命はいかに厳しくとも、「神様の摂理」が最も優しいものと、ようやく確信できるようになりました。
 晩年の私は「恵まれた幸せな人生でした。今日までお守りくださり本当にありがとうございます」と、神様に心から感謝するばかりです。ハレルヤ

報告 佐倉教会の里親活動

○ぶどうの枝第55号(2021年12月31日発行)に掲載(執筆者:TI)

 佐倉教会では、一九八八年十月にチャイルド・ファンド・ジャパンの支援活動に参加し、以後三十三年余にわたってフィリピンの子どもたちのスポンサー(里親)を続けています。
 チャイルド・ファンド・ジャパンについて、紹介します。
 同団体のホームページによれば、始まりは一九四八年、アメリカの民間団体であるキリスト教児童基金(CCF)が日本の児童養護施設で生活する戦災孤児たちへの支援を開始したことでした。CCFからの支援を届けるために、日本事務所として社会福祉法人キリスト教児童福祉会(CCWA)が設立され、アメリカ・カナダの人々からの支援を受けました。
 大きな転機は一九七四年でした。日本の子どもたちを取り巻く環境は大きく改善され、一方でフィリピンやタイなどのアジア諸国における圧倒的な貧困を目の当たりにして、CCWAは、CCFからの支援を辞退し、日本がアジアの貧しい子どもたちを支援する、「順送りの恩返し」をすることを決定しました。
 一九七五年、当時東南アジアの中でも特に厳しい貧困状況にあったフィリピンが支援の対象に選ばれ、六十七名の子どもたちへの送金が開始されました。最初の五年間で五百名を超える方々がスポンサー(里親)となりました。
 その後、二〇〇六年にスリランカ、二〇一〇年にネパールを支援先に追加し、スポンサーシップ・プログラム(「里親的」支援)の対象は三か国となっています。
 同団体の二〇二〇年度年次報告によれば、支援者は、スポンサー三千三百八十六人、マンスリー・サポーター五百四人、プロジェクト・サポーター一千三百五十人など。支援チャイルドの数は、フィリピン三千六百二十七人、ネパール五百三十一人、スリランカ三百一人の計四千四百五十九人となっています。現在、佐倉教会は、スポンサーとして一人のチャイルドの支援を行っています。
 佐倉教会が参加している「スポンサーシップ・プログラム」は、一対一で一人の子どもとつながり、成長を支え見守る支援です。手紙での交流や成長記録(年に一度届きます)などを通じて成長を見守ります。月々四千円(一日百三十円)の支援で、小学校に通いながらも家庭の貧しさのゆえに卒業ができないなど、支援を必要としている子どもたちを支えます。
 これまでに佐倉教会がスポンサーとして支援してきた子どもたちは十一名です(資料一参照)。
 現在、支援しているチャイルドは、プリンセス・カイラ・ミメイさん、フィリピンの十四歳の少女です。二〇二〇年の成長記録では小学校を卒業、家での復習を継続。教理問答を学び、家では弟、妹に福音を伝えているとあります。彼女の夢は、将来子どもたちの読み書きを助ける教師になることです。
 佐倉教会では、主日礼拝の際、受付にチャイルド・ファンド・ジャパン募金箱を置き、その献金をもってスポンサー寄付金(年間四万八千円)やその他の寄付金などを賄うこととしています(近年における献金額は資料二参照)。
 佐倉教会としてフィリピンの子どもたちの「里親的」支援を続けていくため、引き続き皆様のご協力をお願いいたします。

プリンセス・カイラ・ミメイさん

随想 大学生になりました

○ぶどうの枝第55号(2021年12月31日発行)に掲載(執筆者:SK)

 皆さんこんにちは。私は四月に印西市にある東京基督教大学という大学に入学しました。TCUと言った方がお分かりになる方も多いかもしれません。新型コロナウイルス感染拡大の影響で大学での学びはオンライン中心となっていました。幸いなことにオンラインでの学びでも楽しく、また多くの友と仲良くなることができました。
 しかし、早く対面で皆に会いたいという気持ちも持ちながら過ごしていました。そして、七月頃に大学の方から八月から始まる秋学期には寮に入ることが許されるとの連絡をいただきました。入寮を目指し、期待をしながら準備を進めていました。しかしながら、再びコロナウイルスの感染が拡大し、秋学期からの入寮はかないませんでした。
 このように中々思うようにいかなかった大学生活ではありましたが、ついに十一月二十九日より入寮することができ、パソコンの画面上でしか見たことのなかった先生方や友と顔を合わせることができました。ですが、ご安心ください!寮に入っても佐倉教会に通うので皆様にも会えます♪まだ寮に入って数日しかたっておらず緊張が続いていますが、食堂で食べるご飯はとてもおいしく楽しく生活することができています。
 私がTCUでどのような勉強をしているのか、短くご紹介させていただきたいと思います。TCUは神学部の単科大学です。なので皆さんは聖書や神学をがっつり勉強していることを想像するのではないでしょうか。もちろんそのような勉強もすることになります。ですがそれだけではなく、教養科目も充実しています。私は秋学期に心理学の授業を受講しました。そこでは、発達心理学について学びました。人間の成長と心の関係について詳しく勉強することができとても楽しく、良い学びとなりました。
 また、「日本宗教論」という授業も受講しました。この授業は簡単にいうと日本における宗教はどのような意味を持つのか、そして神道や仏教のような宗教がどのようなものなのかを学ぶ授業です。クリスチャンである私が、それらの日本の文化的な側面を持つ宗教にどう関わっていけば良いのか深く考える機会を得ることができた楽しい授業でした。
 TCUでは聖書、神学はもちろんのこと、それ以外の教養科目も全てクリスチャンの先生方が教えてくださいます。冬学期からは、新約聖書に関する学びが始まるので全力で当たって砕けて、頑張ります。
 入学してから約八か月がたちました。あっという間でした。私をTCUへ導いてくださった神様に感謝し、これからも楽しく、一生懸命TCU生活を送っていきたいと思います。皆様、どうかTCUを覚えてお祈りいただければと思います。

2021年12月24日 クリスマス・イブ礼拝

 12月24日午後5時より、クリスマス・イブ礼拝を行いました。
 主イエスの降誕にかかる聖書の朗読、讃美歌、メッセージ、感謝の連梼により、お祝いしました。

聖書朗読により、主イエスの降誕をたどります
讃美歌264番 きよしこのよる

2022年1月の主日聖書日課から

1月2日
○ゼカリヤ書8章1-8節
 万軍の主の言葉が臨んだ。
 「万軍の主はこう言われる。
 わたしはシオンに激しい熱情を注ぐ。
 激しい憤りをもって熱情を注ぐ。
 主はこう言われる。
 わたしは再びシオンに来て
 エルサレムの真ん中に住まう。
 エルサレムは信頼に値する都と呼ばれ
 万軍の主の山は聖なる山と呼ばれる。
 万軍の主はこう言われる。
 エルサレムの広場には
 再び、老爺、老婆が座すようになる
 それぞれ、長寿のゆえに杖を手にして。
 都の広場はわらべとおとめに溢れ
 彼らは広場で笑いさざめく。
 万軍の主はこう言われる。
 そのときになって
 この民の残りの者が見て驚くことを
 わたしも見て驚くであろうかと
 万軍の主は言われる。
 万軍の主はこう言われる。
 見よ、日が昇る国からも、日の沈む国からも
 わたしはわが民を救い出し
 彼らを連れて来て、エルサレムに住まわせる。
 こうして、彼らはわたしの民となり
 わたしは真実と正義に基づいて
 彼らの神となる。

○ルカによる福音書2章41-52節
 さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。

1月9日
○出エジプト記14章15-18節
 主はモーセに言われた。「なぜ、わたしに向かって叫ぶのか。イスラエルの人々に命じて出発させなさい。杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べて、海を二つに分けなさい。そうすれば、イスラエルの民は海の中の乾いた所を通ることができる。しかし、わたしはエジプト人の心をかたくなにするから、彼らはお前たちの後を追って来る。そのとき、わたしはファラオとその全軍、戦車と騎兵を破って栄光を現す。わたしがファラオとその戦車、騎兵を破って栄光を現すとき、エジプト人は、わたしが主であることを知るようになる。」

○マルコによる福音書1章9-11節
 そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。

1月16日
○エレミヤ書1章4-10節
 主の言葉がわたしに臨んだ。
 「わたしはあなたを母の胎内に造る前から
 あなたを知っていた。母の胎から生まれる前に
 わたしはあなたを聖別し
 諸国民の預言者として立てた。」
 わたしは言った。「ああ、わが主なる神よ
 わたしは語る言葉を知りません。
 わたしは若者にすぎませんから。」
 しかし、主はわたしに言われた。
 「若者にすぎないと言ってはならない。
 わたしがあなたを、だれのところへ
 遣わそうとも、行って
 わたしが命じることをすべて語れ。
 彼らを恐れるな。
 わたしがあなたと共にいて
 必ず救い出す」と主は言われた。
 主は手を伸ばして、わたしの口に触れ
 主はわたしに言われた。
 「見よ、わたしはあなたの口に
 わたしの言葉を授ける。
 見よ、今日、あなたに
 諸国民、諸王国に対する権威をゆだねる。
 抜き、壊し、滅ぼし、破壊し
 あるいは建て、植えるために。」

○マルコによる福音書1章14-20節
 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。

1月23日
○申命記30章11-15節
 わたしが今日あなたに命じるこの戒めは難しすぎるものでもなく、遠く及ばぬものでもない。それは天にあるものではないから、「だれかが天に昇り、わたしたちのためにそれを取って来て聞かせてくれれば、それを行うことができるのだが」と言うには及ばない。海のかなたにあるものでもないから、「だれかが海のかなたに渡り、わたしたちのためにそれを取って来て聞かせてくれれば、それを行うことができるのだが」と言うには及ばない。御言葉はあなたのごく近くにあり、あなたの口と心にあるのだから、それを行うことができる。見よ、わたしは今日、命と幸い、死と災いをあなたの前に置く。

○マルコによる福音書1章21-28節
 一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。

1月30日
○歴代誌上29章10-15節
 ダビデは全会衆の前で主をたたえて言った。「わたしたちの父祖イスラエルの神、主よ、あなたは世々とこしえにほめたたえられますように。偉大さ、力、光輝、威光、栄光は、主よ、あなたのもの。まことに天と地にあるすべてのものはあなたのもの。主よ、国もあなたのもの。あなたはすべてのものの上に頭として高く立っておられる。富と栄光は御前にあり、あなたは万物を支配しておられる。勢いと力は御手の中にあり、またその御手をもっていかなるものでも大いなる者、力ある者となさることができる。わたしたちの神よ、今こそわたしたちはあなたに感謝し、輝かしい御名を賛美します。このような寄進ができるとしても、わたしなど果たして何者でしょう、わたしの民など何者でしょう。すべてはあなたからいただいたもの、わたしたちは御手から受け取って、差し出したにすぎません。わたしたちは、わたしたちの先祖が皆そうであったように、あなたの御前では寄留民にすぎず、移住者にすぎません。この地上におけるわたしたちの人生は影のようなもので、希望はありません。

○マルコによる福音書1章40-45節
 さて、重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た。

出所:聖書日課編集委員会編集「日毎の糧2022」(日本キリスト教団出版局、2021年12月10日発行)より作成

2021年12月の主日聖書日課から

12月5日
○エレミヤ書36章1-8節
 ユダの王、ヨシヤの子ヨヤキムの第四年に、次の言葉が主からエレミヤに臨んだ。「巻物を取り、わたしがヨシヤの時代から今日に至るまで、イスラエルとユダ、および諸国について、あなたに語ってきた言葉を残らず書き記しなさい。ユダの家は、わたしがくだそうと考えているすべての災いを聞いて、それぞれ悪の道から立ち帰るかもしれない。そうすれば、わたしは彼らの罪と咎を赦す。」
 エレミヤはネリヤの子バルクを呼び寄せた。バルクはエレミヤの口述に従って、主が語られた言葉をすべて巻物に書き記した。エレミヤはバルクに命じた。「わたしは主の神殿に入ることを禁じられている。お前は断食の日に行って、わたしが口述したとおりに書き記したこの巻物から主の言葉を読み、神殿に集まった人々に聞かせなさい。また、ユダの町々から上って来るすべての人々にも読み聞かせなさい。この民に向かって告げられた主の怒りと憤りが大きいことを知って、人々が主に憐れみを乞い、それぞれ悪の道から立ち帰るかもしれない。」そこで、ネリヤの子バルクは、預言者エレミヤが命じたとおり、巻物に記された主の言葉を主の神殿で読んだ。

○マルコによる福音書7章1-8節
 ファリサイ派の人々と数人の律法学者たちが、エルサレムから来て、イエスのもとに集まった。そして、イエスの弟子たちの中に汚れた手、つまり洗わない手で食事をする者がいるのを見た。――ファリサイ派の人々をはじめユダヤ人は皆、昔の人の言い伝えを固く守って、念入りに手を洗ってからでないと食事をせず、また、市場から帰ったときには、身を清めてからでないと食事をしない。そのほか、杯、鉢、銅の器や寝台を洗うことなど、昔から受け継いで固く守っていることがたくさんある。――そこで、ファリサイ派の人々と律法学者たちが尋ねた。「なぜ、あなたの弟子たちは昔の人の言い伝えに従って歩まず、汚れた手で食事をするのですか。」イエスは言われた。「イザヤは、あなたたちのような偽善者のことを見事に預言したものだ。彼はこう書いている。
 『この民は口先ではわたしを敬うが、
 その心はわたしから遠く離れている。
 人間の戒めを教えとしておしえ、
 むなしくわたしをあがめている。』

12月12日
○イザヤ書40章3-11節
 呼びかける声がある。主のために、荒れ野に道を備え
 わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。
 谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。
 険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。
 主の栄光がこうして現れるのを
 肉なる者は共に見る。
 主の口がこう宣言される。
 呼びかけよ、と声は言う。
 わたしは言う、何と呼びかけたらよいのか、と。
 肉なる者は皆、草に等しい。
 永らえても、すべては野の花のようなもの。
 草は枯れ、花はしぼむ。
 主の風が吹きつけたのだ。
 この民は草に等しい。
 草は枯れ、花はしぼむが
 わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。
 高い山に登れ
 良い知らせをシオンに伝える者よ。
 力を振るって声をあげよ
 良い知らせをエルサレムに伝える者よ。
 声をあげよ、恐れるな
 ユダの町々に告げよ。
 見よ、あなたたちの神
 見よ、主なる神。
 彼は力を帯びて来られ
 御腕をもって統治される。
 見よ、主のかち得られたものは御もとに従い
 主の働きの実りは御前を進む。
 主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め
 小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる。

○マルコによる福音書1章1-8節
 神の子イエス・キリストの福音の初め。
 預言者イザヤの書にこう書いてある。
 「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、
 あなたの道を準備させよう。
 荒れ野で叫ぶ者の声がする。
 『主の道を整え、
 その道筋をまっすぐにせよ。』」
 そのとおり、洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」

12月19日
○サムエル記上2章1-3節
 ハンナは祈って言った。
 「主にあってわたしの心は喜び
 主にあってわたしは角を高く上げる。
 わたしは敵に対して口を大きく開き
 御救いを喜び祝う。
 聖なる方は主のみ。
 あなたと並ぶ者はだれもいない。
 岩と頼むのはわたしたちの神のみ。
 驕り高ぶるな、高ぶって語るな。
 思い上がった言葉を口にしてはならない。
 主は何事も知っておられる神
 人の行いが正されずに済むであろうか。

○ルカによる福音書1章38-56節
 そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」
 そこで、マリアは言った。
 「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
 身分の低い、この主のはしためにも
 目を留めてくださったからです。
 今から後、いつの世の人も
 わたしを幸いな者と言うでしょう、力ある方が、
 わたしに偉大なことをなさいましたから。
 その御名は尊く、その憐れみは代々に限りなく、
 主を畏れる者に及びます。主はその腕で力を振るい、
 思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、
 身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、
 富める者を空腹のまま追い返されます。
 その僕イスラエルを受け入れて、
 憐れみをお忘れになりません、わたしたちの先祖におっしゃったとおり、
 アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」
 マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。

12月25日降誕日(クリスマス)
(前夜)
○イザヤ書9章1,5-6節
 闇の中を歩む民は、大いなる光を見
 死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。
 
 ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。
 ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。
 権威が彼の肩にある。
 その名は、「驚くべき指導者、力ある神
 永遠の父、平和の君」と唱えられる。
 ダビデの王座とその王国に権威は増し
 平和は絶えることがない。
 王国は正義と恵みの業によって
 今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。
 万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。

○ルカによる福音書2章1-20節
 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
 「いと高きところには栄光、神にあれ、
 地には平和、御心に適う人にあれ。」
 天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

(日中)
○イザヤ書52章7-14節
 いかに美しいことか
 山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。
 彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え
 救いを告げ
 あなたの神は王となられた、と
 シオンに向かって呼ばわる。
 その声に、あなたの見張りは声をあげ
 皆共に、喜び歌う。
 彼らは目の当たりに見る
 主がシオンに帰られるのを。
 歓声をあげ、共に喜び歌え、エルサレムの廃虚よ。
 主はその民を慰め、エルサレムを贖われた。
 主は聖なる御腕の力を
 国々の民の目にあらわにされた。
 地の果てまで、すべての人が
 わたしたちの神の救いを仰ぐ。
 立ち去れ、立ち去れ、そこを出よ
 汚れたものに触れるな。
 その中から出て、身を清めよ
 主の祭具を担う者よ。
 しかし、急いで出る必要はない
 逃げ去ることもない。
 あなたたちの先を進むのは主であり
 しんがりを守るのもイスラエルの神だから。
 見よ、わたしの僕は栄える。
 はるかに高く上げられ、あがめられる。
 かつて多くの人をおののかせたあなたの姿のように
 彼の姿は損なわれ、人とは見えず
 もはや人の子の面影はない。

○ヨハネによる福音書1章1-14節
 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
 神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。彼は光ではなく、光について証しをするために来た。その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。
 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

12月26日
○イザヤ書49章7-13節
 イスラエルを贖う聖なる神、主は
 人に侮られ、国々に忌むべき者とされ
 支配者らの僕とされた者に向かって、言われる。
 王たちは見て立ち上がり、君侯はひれ伏す。
 真実にいますイスラエルの聖なる神、主が
 あなたを選ばれたのを見て。
 主はこう言われる。
 わたしは恵みの時にあなたに答え
 救いの日にあなたを助けた。
 わたしはあなたを形づくり、あなたを立てて
 民の契約とし、国を再興して
 荒廃した嗣業の地を継がせる。
 捕らわれ人には、出でよと
 闇に住む者には身を現せ、と命じる。
 彼らは家畜を飼いつつ道を行き
 荒れ地はすべて牧草地となる。
 彼らは飢えることなく、渇くこともない。
 太陽も熱風も彼らを打つことはない。
 憐れみ深い方が彼らを導き
 湧き出る水のほとりに彼らを伴って行かれる。
 わたしはすべての山に道をひらき
 広い道を高く通す。
 見よ、遠くから来る
 見よ、人々が北から、西から
 また、シニムの地から来る。
 天よ、喜び歌え、地よ、喜び躍れ。
 山々よ、歓声をあげよ。
 主は御自分の民を慰め
 その貧しい人々を憐れんでくださった。

○マタイによる福音書2章1-12節
 イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。
 『ユダの地、ベツレヘムよ、
 お前はユダの指導者たちの中で
 決していちばん小さいものではない。
 お前から指導者が現れ、
 わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」
 そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。

出所:聖書日課編集委員会編集「日毎の糧2021」(日本キリスト教団出版局、2020年12月25日発行)より作成