○金 南錫牧師 創世記12章10-20節
アブラムは飢饉から逃れるために、一族とともに約束の地カナンを離れ、エジプトの地に下って行きました。しかし、主なる神はカナンの地に行くようにアブラムに命じましたが、その地からこの時エジプトに下るようには言われませんでした。なのに、アブラムは、目の前の状況を好転させることだけに心が奪われてしまい、神様に祈ることなく、自分の力と方法で生きようとして、エジプトに下って行きました。
ところがその地ですぐにアブラムは、大きな試練に見舞われます。滞在先でアブラムの妻サライが美しい女性だと評判になって、それがエジプトの王、ファラオにも届きました。当時の権力者は、美しい女性がいますと他の人の妻であっても、その夫を殺して、その妻を奪い取ることが起きていました。アブラムは、この時にも、神様に祈りませんでした。「どうか、わたしの妹だ、と言ってください。そうすれば、わたしはあなたのゆえに幸いになり、あなたのお陰で命も助かるだろう」(13節)。アブラムは自分の身を守ろうとして、妻に「妹だ」と言わせるような、情けない姿をさらけ出してしまったのです。このアブラムの姿は、欠けの多い私たちの姿でもあります。