2020年10月18日「ピラトの死刑判決」

○金 南錫牧師 イザヤ書53章11-12節、マルコによる福音書15章6-15節

 祭りの度ごとに、総督はユダヤの人々が願い出る囚人に恩赦を与えていました。そのとき、暴動を起こして人殺しをして投獄されていたバラバという囚人がいました。
 ピラトは、いつものように恩赦をしてほしいと願う群衆に「あのユダヤ人の王を釈放してほしいのか」と言いました。それはイエスに罪がないことを分かっていたからです。
 しかし、祭司長たちはバラバの方を釈放してもらうように群衆を扇動しました。そこで、ピラトは改めて「それでは、ユダヤ人の王とお前たちが言っているあの者は、どうしてほしいのか」と尋ねたのです。
 群衆は、それに対して「十字架につけろ」と叫びます。ピラトはさらに「いったいどんな悪事を働いたというのか」と言いましたが、群衆はますます激しく「十字架につけろ」と叫びたてたのです。
 実はすべての人間が、その「十字架につけろ」と叫んだ群衆につながっているのです。私たちは聖書を通して、自分がどんなに罪ある者であるかを知らなければなりません。
 そして、十字架を見上げるとき、私たちは自分の深い罪を赦されてくださった主イエスを思い起こします。
 日々、私たちを生かす十字架を見上げ、十字架の言葉を聞いて歩んでまいりたいと願います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です