危機を乗り越える 主イエスの復活の信仰 マルコによる福音書一五章四二節~一六章八節

○ぶどうの枝第53号(2020年12月20日発行)に掲載(執筆者:金 南錫牧師)

 創立から今日に至るまで様々な時代を生き抜いた教会は、この歴史を大事にしてきた集まりです。本日、創立百十六年を迎えた佐倉教会は、日本の教会の歴史の中では、長い歴史になります。戦中の困難な時代、戦後の大きく変わった時代、そして、近年においても、この時代は本当に揺れ動いています。人々はまさに危機の時代を生き、特に教会はその中でも、危機の波を乗り越えてきました。
 その中、教会に結ばれてきた教会員お一人お一人は、その時代の危機を乗り越えて、その時代の信仰者として歩んでこられた人たちです。つまり、それぞれの時代において、与えられた賜物を生かして、教会を支えてきた信仰者でした。そして、その信仰が私たちに受け継がれてきたのです。
 『日本キリスト教団佐倉教会 創立八十周年記念誌』の中、佐倉教会を通して献身された石川深香子先生が書いた、こういう文章があります。
 「この八十年の歳月は戦前、戦中、戦後という激動の時代も経過してきたわけですし、特にキリスト教会にとっては迫害の時代が続きましたから佐倉教会としても例外でもありませんでした。
 …しかしそのような中でも、…特にキリストの体なる教会が立てられていくために、教会の役員として又信徒として牧師と労を共にされたお一人お一人、今も現役で活躍しておられる皆様の中に大きく作用し続けていることを、遠く離れて母教会を見守らせていただいている私にはよく分かります。そのお陰で教会はサロン的な集いに落ちることなく建全な成長を遂げてこられたと思っております。…これから教会は伝道の業がなされるために一人一人の信仰がいつも正されていかなくてはならないと痛切に感じます。」

 信仰の始まり

 では、いつも正されていかなくてはならない信仰の始まりは、どこにあるのでしょうか。それは、復活の主に出会った弟子たち、即ち、使徒たちと言われる最初の弟子たちに遡っていきます。その信仰こそ、私たちの信仰の原点になります。使徒たちは実際に、イエス様と寝食を共にしてきました。そして、新約聖書に残されている主の言葉を後の人に伝え、主のご命令によって、人々に宣教してきた人たちです。その信仰によって生まれた教会、その教会は主イエスの復活の命を受け継がれて来たのです。
 本日の聖書箇所は、そのイエス様の埋葬と復活について記されています。イエス様は聖金曜日の午前九時に十字架につけられ、昼の十二時に全地は暗闇で覆われ、午後三時に「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と大声で叫ばれ、死なれました。その金曜日の日没からは、安息日に入ります。安息日には遺体を埋葬することができなかったので、午後三時から日没までの短い時間に、イエス様の埋葬をやり終えなければなりませんでした。その役割を担ったのがアリマタヤ出身のヨセフです。
 イエス様の十一人の弟子たちの中では、この役割を担う者は誰もいませんでした。彼らはユダヤ人たちに捕まることを恐れて、家の戸口に鍵を閉めて隠れていました。アリマタヤのヨセフはイエス様の十字架の出来事に触れて、勇気を出し、総督ピラトのところに行って、イエスの遺体の引き取りを願い出たのです。
 ピラトは百人隊長を呼び寄せ、本当に死んでしまったかどうかを確かめた上で遺体の引き渡しを許しました。それでアリマタヤのヨセフは、イエスの遺体を十字架から下ろして亜麻布で巻き、岩を掘って造った墓の中に納めました。墓の入り口には石を転がして蓋をしました。そのようにして、イエス様の遺体は、安息日が始まる前、金曜日のうちに墓に葬られたのです。
 毎週、礼拝では使徒信条を告白しますが、その中に「ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ」とあります。これは、「葬られた」ことを抜きにして主イエスの受難、十字架の苦しみを見詰めることができないことを語っているのです。イエス様が墓に葬られたことは、教会の信仰、そしてその信仰を受け継いだ私たちの信仰においても、とても大事なことなのです。ですから、四つの福音書すべてがイエス様が十字架につけられて死んだことだけではなく、墓に葬られたことを記しているのです。
 安息日が終わると、マグダラのマリアをはじめ女性の弟子たちがイエス様の遺体に油を塗るために、墓へ向かいました。今まで慕っていたイエス様が亡くなられたことの悲しみが彼女たちの心を支配していました。しかも、墓の入り口は大きな石で塞がれていたので、彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていたのです。
 しかし、墓で彼女たちを待ち受けていたのは、思いもかけない出来事でありました。「ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた」(一六章四、五節)。不思議にも入り口の石が既に脇へ転がしてあったのです。
 墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が見えて、こう語ります。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない」(六節)。

 教会で復活の主に出会う

 天使のような若者は、死んで葬られたイエス様が復活なさって、ここにはおられないと語っています。そこには、イエス様がどのようにして復活なさったかについて、書いてないので分かりませんが、大事なことは、「あの方は復活なさって、ここにはおられない」というこの言葉を信じるかどうかです。様々の時代において、教会員お一人お一人は、この主イエスの復活を信じ、その復活の命に触れて、信仰者として歩んでこられました。信仰を命にして生きたのです。今、その信仰が私たちにも、受け継がれてきたのです。
 「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる」(七節)。最初の弟子たちにとって、ガリラヤとは自分たちの生活の場でありました。そこで、復活のイエス様が逃げ去った弟子たちに、もう一度出会ってくださると約束しているのです。
 今日の私たちにとって、ガリラヤとはどこでしょうか。それは、キリストの体なる教会です。教会で私たちは、復活の主に出会い、その復活の命に触れて、主を礼拝します。
 佐倉教会において、創立から百十六年間守られてきたこの礼拝を通して、信仰の源泉である主イエス・キリストの十字架と復活、そして、その復活の命にあずかるという信仰に、これからもしっかりと立ち続ける者となっていけますよう、切に祈り願います。

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