2020年10月4日「ペトロの涙」

○金 南錫牧師 マルコによる福音書14章66-72節

 失敗ということを考えると、どうしても福音書に書かれているペトロのことが心に浮かんで来ます。今日の聖書箇所は、イエス様の筆頭弟子であったペトロが失敗したところです。
 イエス様が大祭司の前で審問を受けている同じとき、この大祭司の女中の一人がペトロに「あなたも、あのナザレのイエスと一緒にいた」と言います。
 ペトロは、この大祭司の女中の言葉に「あなたが何のことを言っているのか、わたしには分からないし、見当もつかない」と打ち消して逃げようとするのです。
 その女中がまたペトロを見て「この人は、あの人たちの仲間です」と言うと、ペトロはまたそれを打ち消します。そして、人々も「確かに、お前はあの連中の仲間だ。ガリラヤの者だから」と言うのに対して、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、「あなたがたの言っているそんな人は知らない」と言って、ついに激しく誓い始めたのです(71節)。
 そのとき、二度鶏が鳴きました。「たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません」と言うペトロに対して、イエス様は「はっきり言っておくが、あなたは今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」と言われました。
 それをペトロは鶏が鳴く声ではっきりと思い出したのです。イエス様の言葉を思い出したペトロは、いきなり泣き出しました(72節)。
 ここに、自分の気持ちを素朴に、率直に主張し、大失敗をして、その失敗を心から認め、泣き崩れているペトロの姿があります。人間である限り失敗は付きものです。大切なのは、主イエスはそのために十字架にかかって身代りとなり、しかもそういう私たちを愛し続けてくださったのです。