2026年3月1日「生きた水」

○金 南錫牧師 ヨハネによる福音書7章37ー53節

ヨハネ福音書7章では、仮庵祭というお祭りでの出来事が記されています。仮庵祭の時、エルサレムの神殿では、シロアムの池から金の水差しで水を汲んできて、祭壇にその水を注ぐのです。その時、祭りの興奮は最高に達します。

今日は、その時の出来事です。祭壇に水が注がれて皆盛り上がっているその時、イエス様は立ち上がって、大声で叫んだのです。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。」ここで「渇いている人」は、イエス様を離れてしまった人たちのことです。その人たちにイエス様が「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい」と叫んだわけです。

続いてイエス様は、「わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」と約束してくださるのです。つまり、イエス様からの命の水を飲む者は(イエスを信じる者は)、その人の渇きが癒されるだけではなく、その人の内から生きた水が川となって流れ出ていく。そして今度は、渇きに苦しんでいる人たちを癒すことになるということです。そして「イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている“霊”について言われたのである」とあるように(39)、この生きた水とは霊、「聖霊」のことです。聖霊なる神様が生きた水として、渇きに苦しむ私たちのところに来てくださる。そして、その生きた水、聖霊を惜しみなく与えようとしている、そう約束して招いているのです。