2026年2月8日「私の時はまだ来ていない」

○金 南錫牧師 ヨハネによる福音書7章1ー13節

イエスの兄弟たちは、イエス様が不思議な業を為し、神の言葉を語っているならば、皆にそれを知ってもらわなければ意味がないのではないか。そのためには、田舎のガリラヤではなく、都のエルサレムに行って、同じ業を見せて、世に認めてもらいなさい。しかも、祭りの時なら人々もイスラエル全土から来ているから、ちょうどいい時ではないかと言うのです。

 イエスの兄弟たちが言っていることは、確かに賢いやり方かも知れません。しかし、イエス様はご自分の兄弟たちに「わたしの時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時はいつも備えられている」と言われました(6節)。ここで「わたしの時」とは、イエス様が神の救いを現わす十字架と復活の時を指しています。そして、「あなたがたの時はいつも備えられている」というのです。つまり、イエスの兄弟たちは自分の見通し、自分の判断で、人がたくさん集まっている今がエルサレムに上っていく時だと、イエスに勧めたわけですが、それはわたしのやり方ではない、わたしの時はまだ来ていないのだと、イエス様は語っています。信仰生活の歩みの中で、私たちは「今が神様の時なのかどうか」判断できなくて、迷っている時があります。そういう時こそ、「今が神の時なのかどうか」と祈りながら、見つめ直す時ではないでしょうか。