2026年1月18日「命のパン」

○金 南錫牧師 ヨハネによる福音書6章22ー40節

イエス様は「はっきり言っておく。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ」とおっしゃいました。五千人の人を五つのパンと二匹の魚で満腹させたことは、大変な奇跡でした。これは、イエス様がまことの神の子である「しるし」でした。しかし、人々はその奇跡によってイエス様が神の子であるしるしを見ておらず、ただパンを食べて満腹したことだけを見つめていたのです。ですから、イエス様は「朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である」と告げられたのです(27節)。

「はっきり言っておく。モーセが天からのパンをあなたがたに与えたのではなく、わたしの父が天からのまことのパンをお与えになる。神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである。」(32、33節)ここで、 天の父なる神が与えるまことのパンは、世に命を与えるものだ。食べればなくなってしまうマナのようなものではない。それ以上に素晴らしいものだと言われたのです。これを聞いた人々は、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言いました(34節)。彼らには、食べるパンのことしか頭にありません。そこでイエス様は重ねておっしゃいました。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。しかし、前にも言ったように、あなたがたはわたしを見ているのに、信じない。」イエス様は「わたしが命のパンである」と仰いました。自分こそが、私たちの命を養ってくださる命のパンなのだとおっしゃいました。ですから、私たちに必要なのは、このイエス様のもとに行くことです。そしてイエス様を信じることです。