2025年9月の主日聖書日課から

9月7日
○ハバクク書3章17-19節
 いちじくの木に花は咲かず
 ぶどうの枝は実をつけず
 オリーブは収穫の期待を裏切り
 田畑は食物を生ぜず
 羊はおりから断たれ
 牛舎には牛がいなくなる。
 しかし、わたしは主によって喜び
 わが救いの神のゆえに踊る。
 わたしの主なる神は、わが力。
 わたしの足を雌鹿のようにし
 聖なる高台を歩ませられる。
 指揮者によって、伴奏付き。

○マタイによる福音書13章24-43節
 イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。「天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。僕たちが主人のところに来て言った。『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。』主人は、『敵の仕業だ』と言った。そこで、僕たちが、『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと、主人は言った。『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、「まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう。』」
 イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」
 また、別のたとえをお話しになった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」
 イエスはこれらのことをみな、たとえを用いて群衆に語られ、たとえを用いないでは何も語られなかった。それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
 「わたしは口を開いてたとえを用い、
 天地創造の時から隠されていたことを告げる。」それから、イエスは群衆を後に残して家にお入りになった。すると、弟子たちがそばに寄って来て、「畑の毒麦のたとえを説明してください」と言った。イエスはお答えになった。「良い種を蒔く者は人の子、畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、刈り入れる者は天使たちである。だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終わりにもそうなるのだ。人の子は天使たちを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。そのとき、正しい人々はその父の国で太陽のように輝く。耳のある者は聞きなさい。」

9月14日
○列王記上3章4-15節
 王はいけにえをささげるためにギブオンへ行った。そこに重要な聖なる高台があったからである。ソロモンはその祭壇に一千頭もの焼き尽くす献げ物をささげた。その夜、主はギブオンでソロモンの夢枕に立ち、「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と言われた。ソロモンは答えた。「あなたの僕、わたしの父ダビデは忠実に、憐れみ深く正しい心をもって御前を歩んだので、あなたは父に豊かな慈しみをお示しになりました。またあなたはその豊かな慈しみを絶やすことなくお示しになって、今日、その王座につく子を父に与えられました。わが神、主よ、あなたは父ダビデに代わる王として、この僕をお立てになりました。しかし、わたしは取るに足らない若者で、どのようにふるまうべきかを知りません。僕はあなたのお選びになった民の中にいますが、その民は多く、数えることも調べることもできないほどです。どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう。」
 主はソロモンのこの願いをお喜びになった。神はこう言われた。「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。見よ、わたしはあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。わたしはまた、あなたの求めなかったもの、富と栄光も与える。生涯にわたってあなたと肩を並べうる王は一人もいない。もしあなたが父ダビデの歩んだように、わたしの掟と戒めを守って、わたしの道を歩むなら、あなたに長寿をも恵もう。」
 ソロモンは目を覚まして、それが夢だと知った。ソロモンはエルサレムに帰り、主の契約の箱の前に立って、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげ、家臣のすべてを招いて宴を張った。

○マタイによる福音書13章44-52節
 「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。
 また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。
 また、天の国は次のようにたとえられる。網が湖に投げ降ろされ、いろいろな魚を集める。網がいっぱいになると、人々は岸に引き上げ、座って、良いものは器に入れ、悪いものは投げ捨てる。世の終わりにもそうなる。天使たちが来て、正しい人々の中にいる悪い者どもをより分け、燃え盛る炉の中に投げ込むのである。悪い者どもは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」
 「あなたがたは、これらのことがみな分かったか。」弟子たちは、「分かりました」と言った。そこで、イエスは言われた。「だから、天の国のことを学んだ学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものを取り出す一家の主人に似ている。」

9月21日
○エゼキエル書37章15-28節
 主の言葉がわたしに臨んだ。「人の子よ、あなたは一本の木を取り、その上に『ユダおよびそれと結ばれたイスラエルの子らのために』と書き記しなさい。また、別の木をとり、その上には『エフライムの木であるヨセフおよびそれと結ばれたイスラエルの全家のために』と書き記しなさい。それらを互いに近づけて一本の木としなさい。それらはあなたの手の中で一つとなる。あなたの民の子らがあなたに向かって、『これらはあなたにとって何を意味するのか告げてくれないか』と言うとき、彼らに語りなさい。主なる神はこう言われる。わたしはエフライムの手の中にあるヨセフの木、およびそれと結ばれたイスラエルの諸部族を取り、それをユダの木につないで一本の木とする。それらはわたしの手の中で一つとなる。あなたがその上に書き記した木は、彼らの目の前であなたの手にある。そこで、彼らに語りなさい。主なる神はこう言われる。わたしはイスラエルの子らを、彼らが行っていた国々の中から取り、周囲から集め、彼らの土地に連れて行く。わたしはわたしの地、イスラエルの山々で彼らを一つの国とする。一人の王が彼らすべての王となる。彼らは二度と二つの国となることなく、二度と二つの王国に分かれることはない。彼らは二度と彼らの偶像や憎むべきもの、もろもろの背きによって汚されることはない。わたしは、彼らが過ちを犯したすべての背信から彼らを救い清める。そして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。わたしの僕ダビデは彼らの王となり、一人の牧者が彼らすべての牧者となる。彼らはわたしの裁きに従って歩み、わたしの掟を守り行う。彼らはわたしがわが僕ヤコブに与えた土地に住む。そこはお前たちの先祖が住んだ土地である。彼らも、その子らも、孫たちも、皆、永遠に至るまでそこに住む。そして、わが僕ダビデが永遠に彼らの支配者となる。わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。それは彼らとの永遠の契約となる。わたしは彼らの住居を定め、彼らを増し加える。わたしはまた、永遠に彼らの真ん中にわたしの聖所を置く。わたしの住まいは彼らと共にあり、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。わたしの聖所が永遠に彼らの真ん中に置かれるとき、諸国民は、わたしがイスラエルを聖別する主であることを知るようになる。」

○マタイによる福音書18章10-20節
 「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。人の子は、失われたものを救うために来た。あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」
 「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい。すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。
 はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」

9月28日
○創世記45章1-15節
 ヨセフは、そばで仕えている者の前で、もはや平静を装っていることができなくなり、「みんな、ここから出て行ってくれ」と叫んだ。だれもそばにいなくなってから、ヨセフは兄弟たちに自分の身を明かした。ヨセフは、声をあげて泣いたので、エジプト人はそれを聞き、ファラオの宮廷にも伝わった。
 ヨセフは、兄弟たちに言った。
 「わたしはヨセフです。お父さんはまだ生きておられますか。」
 兄弟たちはヨセフの前で驚きのあまり、答えることができなかった。
 ヨセフは兄弟たちに言った。
 「どうか、もっと近寄ってください。」
 兄弟たちがそばへ近づくと、ヨセフはまた言った。
 「わたしはあなたたちがエジプトへ売った弟のヨセフです。しかし、今は、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのです。この二年の間、世界中に飢饉が襲っていますが、まだこれから五年間は、耕すこともなく、収穫もないでしょう。神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。神がわたしをファラオの顧問、宮廷全体の主、エジプト全国を治める者としてくださったのです。
 急いで父上のもとへ帰って、伝えてください。『息子のヨセフがこう言っています。神が、わたしを全エジプトの主としてくださいました。ためらわずに、わたしのところへおいでください。そして、ゴシェンの地域に住んでください。そうすればあなたも、息子も孫も、羊や牛の群れも、そのほかすべてのものも、わたしの近くで暮らすことができます。そこでのお世話は、わたしがお引き受けいたします。まだ五年間は飢饉が続くのですから、父上も家族も、そのほかすべてのものも、困ることのないようになさらなければいけません。』さあ、お兄さんたちも、弟のベニヤミンも、自分の目で見てください。ほかならぬわたしがあなたたちに言っているのです。エジプトでわたしが受けているすべての栄誉と、あなたたちが見たすべてのことを父上に話してください。そして、急いで父上をここへ連れて来てください。」
 ヨセフは、弟ベニヤミンの首を抱いて泣いた。ベニヤミンもヨセフの首を抱いて泣いた。ヨセフは兄弟たち皆に口づけし、彼らを抱いて泣いた。その後、兄弟たちはヨセフと語り合った。

○マタイによる福音書18章21-35節
 そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」

出所:聖書日課編集委員会編集「日毎の糧2025」(日本キリスト教団出版局、2024年12月20日発行)より作成

2025年8月3日ヘセドシンガース賛美

 金牧師を送り出してくださった韓国から、ヘセドシンガースの皆さんが礼拝において賛美奉仕をしてくださいました。
 佐倉教会での賛美奉仕は、三度目となりました。
 よく澄んだ歌声が会堂を満たしました。
 感謝します。

ヘセドシンガースのメンバーがピアノ伴奏しました

2025年8月の主日聖書日課から

8月3日
○創世記21章9-21節
 サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムとの間に産んだ子が、イサクをからかっているのを見て、アブラハムに訴えた。
 「あの女とあの子を追い出してください。あの女の息子は、わたしの子イサクと同じ跡継ぎとなるべきではありません。」
 このことはアブラハムを非常に苦しめた。その子も自分の子であったからである。神はアブラハムに言われた。
 「あの子供とあの女のことで苦しまなくてもよい。すべてサラが言うことに聞き従いなさい。あなたの子孫はイサクによって伝えられる。しかし、あの女の息子も一つの国民の父とする。彼もあなたの子であるからだ。」
 アブラハムは、次の朝早く起き、パンと水の革袋を取ってハガルに与え、背中に負わせて子供を連れ去らせた。ハガルは立ち去り、ベエル・シェバの荒れ野をさまよった。革袋の水が無くなると、彼女は子供を一本の灌木の下に寝かせ、「わたしは子供が死ぬのを見るのは忍びない」と言って、矢の届くほど離れ、子供の方を向いて座り込んだ。彼女は子供の方を向いて座ると、声をあげて泣いた。神は子供の泣き声を聞かれ、天から神の御使いがハガルに呼びかけて言った。
 「ハガルよ、どうしたのか。恐れることはない。神はあそこにいる子供の泣き声を聞かれた。立って行って、あの子を抱き上げ、お前の腕でしっかり抱き締めてやりなさい。わたしは、必ずあの子を大きな国民とする。」
 神がハガルの目を開かれたので、彼女は水のある井戸を見つけた。彼女は行って革袋に水を満たし、子供に飲ませた。神がその子と共におられたので、その子は成長し、荒れ野に住んで弓を射る者となった。彼がパランの荒れ野に住んでいたとき、母は彼のために妻をエジプトの国から迎えた。

○マタイによる福音書8章5-13節
 さて、イエスがカファルナウムに入られると、一人の百人隊長が近づいて来て懇願し、「主よ、わたしの僕が中風で家に寝込んで、ひどく苦しんでいます」と言った。そこでイエスは、「わたしが行って、いやしてあげよう」と言われた。すると、百人隊長は答えた。「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、わたしの僕はいやされます。わたしも権威の下にある者ですが、わたしの下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。また、部下に『これをしろ』と言えば、そのとおりにします。」イエスはこれを聞いて感心し、従っていた人々に言われた。「はっきり言っておく。イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。言っておくが、いつか、東や西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く。だが、御国の子らは、外の暗闇に追い出される。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」そして、百人隊長に言われた。「帰りなさい。あなたが信じたとおりになるように。」ちょうどそのとき、僕の病気はいやされた。

8月10日
○ホセア書6章1-6節
 「さあ、我々は主のもとに帰ろう。
 主は我々を引き裂かれたが、いやし
 我々を打たれたが、傷を包んでくださる。
 二日の後、主は我々を生かし
 三日目に、立ち上がらせてくださる。
 我々は主を知ろう。
 主を知ることを追い求めよう。
 主は曙の光のように必ず現れ
 降り注ぐ雨のように
 大地を潤す春雨のように
   我々を訪れてくださる。」
 エフライムよ
   わたしはお前をどうしたらよいのか。
 ユダよ、お前をどうしたらよいのか。
 お前たちの愛は朝の霧
 すぐに消えうせる露のようだ。
 我々は御前に生きる。
 それゆえ、わたしは彼らを
   預言者たちによって切り倒し
 わたしの口の言葉をもって滅ぼす。
 わたしの行う裁きは光のように現れる。
 わたしが喜ぶのは
   愛であっていけにえではなく
 神を知ることであって
   焼き尽くす献げ物ではない。

○マタイによる福音書9章9-13節
 イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。ファリサイ派の人々はこれを見て、弟子たちに、「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

8月17日
○ヨナ書3章1-5節
 主の言葉が再びヨナに臨んだ。「さあ、大いなる都ニネベに行って、わたしがお前に語る言葉を告げよ。」
 ヨナは主の命令どおり、直ちにニネベに行った。ニネベは非常に大きな都で、一回りするのに三日かかった。ヨナはまず都に入り、一日分の距離を歩きながら叫び、そして言った。
 「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。」
 すると、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者も低い者も身に粗布をまとった。

○マタイによる福音書9章35節-10章16節
 イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」
 イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。
 イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。町や村に入ったら、そこで、ふさわしい人はだれかをよく調べ、旅立つときまで、その人のもとにとどまりなさい。その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落としなさい。はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」
 「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。

8月24日
○エレミヤ書20章7-13節
 主よ、あなたがわたしを惑わし
 わたしは惑わされて
   あなたに捕らえられました。
 あなたの勝ちです。
 わたしは一日中、笑い者にされ
 人が皆、わたしを嘲ります。
 わたしが語ろうとすれば、それは嘆きとなり
 「不法だ、暴力だ」と叫ばずにはいられません。
 主の言葉のゆえに、わたしは一日中
 恥とそしりを受けねばなりません。
 主の名を口にすまい
 もうその名によって語るまい、と思っても
 主の言葉は、わたしの心の中
   骨の中に閉じ込められて
 火のように燃え上がります。
 押さえつけておこうとして
   わたしは疲れ果てました。
 わたしの負けです。
 わたしには聞こえています
 多くの人の非難が。
 「恐怖が四方から迫る」と彼らは言う。
 「共に彼を弾劾しよう」と。
 わたしの味方だった者も皆
 わたしがつまずくのを待ち構えている。
 「彼は惑わされて
 我々は勝つことができる。
 彼に復讐してやろう」と。
 しかし主は、恐るべき勇士として
 わたしと共にいます。
 それゆえ、わたしを迫害する者はつまずき
 勝つことを得ず、成功することなく
   甚だしく辱めを受ける。
 それは忘れられることのない
   とこしえの恥辱である。
 万軍の主よ
 正義をもって人のはらわたと心を究め
   見抜かれる方よ。
 わたしに見させてくださいあなたが彼らに復讐されるのを。
 わたしの訴えをあなたに打ち明け
 お任せします。
 主に向かって歌い、主を賛美せよ。
 主は貧しい人の魂を
   悪事を謀る者の手から助け出される。

○マタイによる福音書10章16-25節
 「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である。兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。はっきり言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。
 弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼブルと言われるのなら、その家族の者はもっとひどく言われることだろう。」

8月31日
○創世記24章62-67節
 イサクはネゲブ地方に住んでいた。そのころ、ベエル・ラハイ・ロイから帰ったところであった。夕方暗くなるころ、野原を散策していた。目を上げて眺めると、らくだがやって来るのが見えた。リベカも目を上げて眺め、イサクを見た。リベカはらくだから下り、「野原を歩いて、わたしたちを迎えに来るあの人は誰ですか」と僕に尋ねた。「あの方がわたしの主人です」と僕が答えると、リベカはベールを取り出してかぶった。僕は、自分が成し遂げたことをすべてイサクに報告した。イサクは、母サラの天幕に彼女を案内した。彼はリベカを迎えて妻とした。イサクは、リベカを愛して、亡くなった母に代わる慰めを得た。

○マタイによる福音書12章43-50節
 「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出て来たわが家に戻ろう』と言う。戻ってみると、空き家になっており、掃除をして、整えられていた。そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を一緒に連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。この悪い時代の者たちもそのようになろう。」
 イエスがなお群衆に話しておられるとき、その母と兄弟たちが、話したいことがあって外に立っていた。そこで、ある人がイエスに、「御覧なさい。母上と御兄弟たちが、お話ししたいと外に立っておられます」と言った。しかし、イエスはその人にお答えになった。「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。」そして、弟子たちの方を指して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である。」

出所:聖書日課編集委員会編集「日毎の糧2025」(日本キリスト教団出版局、2024年12月20日発行)より作成

苦難の夜から賛美の朝へ 「主イエスを信じなさい」 使徒言行録一六章一六~三四節

○ぶどうの枝第62号(2025年6月29日発行)に掲載(執筆者:金 南錫牧師)

 パウロがヨーロッパに渡って、最初に伝道した町はフィリピという町です。パウロたちはフィリピに到着し、祈りの場に向かっていく途中、占いの霊に取りつかれている一人の女奴隷に出会います。彼女はフィリピの人たちに人気があったようです。人々はお金を払って、この占い女の語ることを聞いていました。しかし、彼女は新しくやってきたパウロたちが気になったのでしょうか。パウロたちの後ろについてきて、こう叫びました。「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです」(一七節)彼女が叫んでいることは正しいことです。ところが、彼女はまことの信仰を持って叫んだのではありません。

 彼女がこんなことを幾日も繰り返すので、パウロはたまりかねて、彼女を支配している霊に向かって「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け」と命じました(一八節)。すると即座に、占いの霊が彼女から追い出され、占うことができなくなりました。彼女を通して、金もうけをしていた主人たちは憤慨し、パウロとシラスを捕らえ、町の高官たちに引き渡しました。すると、高官たちはちゃんと調べもせず、二人の衣服をはぎ取り、何度もむちで打ってから、牢に投げ込みました。そして、看守に厳重に見張るように命じたのです(二三節)。
 この命令を受けた看守は、二人を一番奥の牢に入れて、木の足かせをはめておきました。何度もむち打たれ、投獄されたパウロとシラスは大変な苦しみの中にあったと思われます。よくこのような苦難のときは「夜」に例えられます。信仰生活を歩むとき、時として家族による苦しみ、病気による苦しみ、経済的な苦しみなど、苦しみの夜のときがあります。人はその苦しみの夜に出会うことを嫌います。ところが、人生の夜に出会ったとき、信仰者だけが味わう特権があります。それは、人生の夜に出会ったときにも「賛美することができる」という恵みです。パウロの状況から見ると、神様を恨み、不平不満を言うしかない状況でした。パウロ自身は、アジアで福音伝道をしましたが、ある日、「マケドニア州に渡ってきて、私たちを助けてください」という幻を見るのです。
 パウロは聖霊の導きに従い、ヨーロッパのフィリピに渡って福音を伝えました。しかし、その結果は、むちで打たれ、牢に閉じ込められてしまったのです。パウロは「神様、どうして、こんな目に遭わなければなりませんか」と、神に嘆くそういう状況でした。しかし、パウロとシラスは、牢の中で賛美の歌を歌い、神に祈っていました(二五節)。

 パウロとシラスの賛美と祈り

 真夜中、牢屋の中、二人の傷だらけの信仰者が賛美の歌を歌い、神に祈っていると、他の囚人たちはこれに聞き入っていました。ここに、教会の真の姿が現れていると思います。信仰者の賛美と祈り、それがあれば、そのところが礼拝の場となります。二六節を見ますと、そのとき、「突然、大地震が起こり、牢の土台が揺れ動いた。たちまち牢の戸がみな開き、すべての囚人の鎖も外れてしまった」とあります。
 パウロたちの賛美の歌と祈りに応えるように、突然、大地震が起こったのです。しかし、もっと不思議なことは、その地震によって牢の扉が皆開き、すべての囚人の鎖も外れてしまったのに、牢の中から逃げ出す者は一人もいなかったことでした。なぜこんなことが起こったのでしょうか。パウロたちの賛美と祈りを聞いていたからとしか考えられないのです。パウロとシラスが歌った賛美と祈りは、囚人たちの心を深く捉え、逃げなくて構わない自由をもたらしたのではないでしょうか。
 この地震に目を覚ました看守は、牢の戸が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったと思い込み、剣を抜いて自殺しようとしました(二七節)。そのときパウロが大声で叫びます。「自害してはいけない。わたしたちは皆ここにいる。」看守は暗いので、明かりを持ってきて、声がする一番奥の牢に向かいました。確かにパウロもシラスもいました。開け放しになった牢から逃げ出す者は一人もいなかったのです。
 看守はパウロとシラスの前に震えながらひれ伏し、二人を外へ連れ出して言いました。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」(三〇節)看守は自分に起こったこと、そしてパウロたちの姿を見て強く心を揺さぶられたのです。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」この問いは、全ての人を代表した問いでもあります。
 看守の問いに対して、パウロとシラスは「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」と答えました。「そして、看守とその家の人たち全部に主の言葉を語った」とあります(三二節)。恐らくパウロは、主イエスの十字架と復活について語ったと思います。特に私たちの全ての罪を背負って、私たちの身代わりとして、御自分の命を捨ててくださった主イエスの愛について語ったと思います。
 讃美歌四九三番「いつくしみ深い」は、主イエスについて、私たちの友であると歌っています。
  いつくしみ深い 友なるイエスは
  うれいも罪をも ぬぐいさられる。
  悩み苦しみを  かくさず述べて、
  重荷のすべてを み手にゆだねよ。
  いつくしみ深い 友なるイエスは
  愛のみ手により 支え、みちびく
  嘆き悲しみを  ゆだねて祈り
  つねに励ましを 受けるうれしさ。
  いつくしみ深い 友なるイエスは
  われらの弱さを 共に負われる
  世の友われらを 捨てさるときも
  祈りに答えて  なぐさめられる。
 この讃美歌は、友なき者の友となってくださった主イエスに出会ったうれしさを歌っています。この讃美歌がなぜ多くの方から愛されるようになったのでしょうか。それは、この讃美歌の歌詞と、自分の信仰生活で受けた主の恵みが重なっているからではないかと思います。最後の三三節、三四節にこう書いてあります。
 「まだ真夜中であったが、看守は二人を連れて行って打ち傷を洗ってやり、自分も家族の者も皆すぐに洗礼を受けた。この後、二人を自分の家に案内して食事を出し、神を信じる者になったことを家族共々喜んだ」
 真夜中という状況は変わりません。しかし、看守の心は嘆きから賛美に変わったのです。洗礼を受けて、神を信じる者になったことを家族共々喜んだのです。
 二〇二五年度が始まり、二か月がたちました。今年一年、佐倉教会の歩みはどうなるのでしょうか。また、私たち一人一人の歩みはどうなるのでしょうか。いろいろ心配なことがたくさんあると思います。いろんな悩み、苦しみ、悲しみ、恐れが待っています。でも、夜が深ければ深いほどパウロとシラスのように、より大きな声で神様を賛美し、祈る者となりますように。そしてその賛美の歌とともに、友なるイエスが私たち一人一人を守り、導いてくださる一年となりますよう、祈り願います。

受洗者より 亡き妻に背中を押されて 受洗、カタツムリの歩みの如く

○ぶどうの枝第62号(2025年6月29日発行)に掲載(執筆者:HA)

 五月十一日に受洗式を終え皆様のお仲間入りをさせていただくことになりました。ほやほやの一年生です。
 これから先、信仰の道において多くのことを学んでいかなければなりません。どうぞご指導よろしくお願いいたします。
 クリスチャンだった妻、美智子との出会いから六十年余りの長い間、私は求道者として教会に足を運んでいました。しかし、実態は彼女についていくという程度の思いでしたから「入信」への積極的な気持ちは薄く、なんとなくこのままで過ぎていくのだろうと漠然と考えていました。
 二人が八十歳を前にした頃、私の「受洗」を望んでいた彼女が、時々「お父さん、もうそろそろどう?」と言うようになりました。私は「そうだねえ、そのうちにね」と、その度に曖昧に答えていました。ただ、いずれはという気持ちはあったのです。
 そのときは二人共元気で、まだまだ先があると考えていましたから、彼女が突然のように、旅立っていくとは思いもしませんでした。
 二年ほど前、妻ががんに侵され、やがて入院生活を余儀なくされるようになりました。折しもコロナウイルスの影響による面会制限があって一日にわずか十五分しか会って話をすることができませんでした。私たちにはつらい日々でした。
 病状が悪化するにつれて四人部屋では対応が困難との病院側の意見もあり、個室に移ることになりました。そして、私も一緒に宿泊することになりました。
 二十四時間彼女の世話をし、三度の食事を共にし、毎夕食の後は並んだベッドから手を差し伸べ握り合い、声を合わせて讃美歌の「いつくしみ深い」を歌って過ごしました。
 私たち夫婦にとって大切な、そして最も充実した時間でした。しかし、それはわずか五日間で終わってしまいました。妻は六日目の夜を越せなかったのです。長くつらいベッド生活の中で、彼女が〝神様にどのような祈りを奉げ、どのようなお願い〟をしたのか知るすべはありません。それ以来、私は妻が一生を通し守り続けた信仰について考えるようになりました。同時に私自身の信仰についても考えるようになりました。しかし、依然として「入信すること」をちゅうちょする気持ちは変わりませんでした。
 ある日曜礼拝の朝、親しくさせていただいているAさんとお話する機会があり心境をお話しました。Aさんは「百パーセント神を信じてから入信する人なんていませんよ。入ってからの信仰が大事なんですよ」と、また「奥様の思いにお応えなさったら」などと自らの経験も含め丁寧にお話してくださいました。
 娘たちも「いいと思うよ」と賛成してくれたこともあり、やっと気持ちの整理ができました。もちろん、亡き妻が背中を押してくれたのは言うまでもありません。
 その翌週、金先生に「入信の意志」をご報告し、ご無理を言って妻の一周忌の翌日のこの日に「受洗式」を行っていただけるようお願いしました。
 二人の娘が見届けてくれた「受洗式」、そしてこの日は私が長い年月を経てやっと妻が望んだ「クリスチャン」になった記念すべき特別な日になりました。

転入会者より 転入に当たり思うこと 人を愛すことのイメージ

○ぶどうの枝第62号(2025年6月29日発行)に掲載(執筆者:KN)

 私は、一九七九年(二十歳)のときに沼津教会で受洗しました。
 その後、すぐに就職のために千葉県に住むこととなり、千葉教会を経て佐倉教会に通うようになりました。
 初めて佐倉教会に来た頃、私は三十代半ばであり子どもたちは小学生でした。それから現在に至る長い年月で、「人を愛す」ということのイメージが変化したように思います。
 原罪とは、アダムとエバが神様のようにこの世を支配したいと願うことだと聞きました。このことが心に残りました。良かれと思い子どもにアドバイスすることも、場合によっては私の好みに合った方向付けとなり、支配につながるからです。子ども自身が心の奥に持っているものを引き出す関わりが必要であり、それが「愛」です。そんなことは当然だと思う人は多いと思います。けれども、場合によってはアドバイスが支配につながり、それは原罪につながるという発想はありませんでした。
 少し前のことですが、テレビをつけると田中ウェルベ京さんが話していました。
 「子どもたちが悩んでいるときに、すぐに共感したり解決できる助言をしたりしてはいけません。まず話を聞いて、本当の悩みは何かということを子どもと二人で探る。そうすることで、お互いに実態把握の力と解決する力を養うことができます。また、解決してあげないで問題をそのままにしておくこともよいことです。私たちは、先の見えない困ったことが起きると本能で恐怖を感じます。それなので早く解決してモヤモヤから抜け出したいと思います。けれども、解決しないでそのままにとどめておける力が必要であり、そういう力を付けることが大切です」
 この話を聞き「人を愛す」ということのイメージが、より具体的になってきました。
 私の子どもたちは何年も前に成人しているので、成長期の子どもとして向き合う必要はありません。にもかかわらず田中ウェルベ京さんのお話が心に残っているのは、受洗してから「人を愛す」ということの方法を無意識に模索していたのかもしれません。「隣人愛」という言葉は、私たちにとってとても大切な言葉ですが、私にとっては難しい言葉でした。
 神様の愛に気付いてほしいと願う人に会ったら、遠回りではありますが田中ウェルベ京さんのお話のように対応することが良いと思います。そうすることで、人はたくさんの可能性を持ち、神様に愛されていると伝えることになると思います。
 佐倉教会に、再び迎えてくださりありがとうございます。私にとっての「人を愛すことのイメージ」を書かせていただきました。佐倉教会には、在籍する人の数だけ「人を愛すことのイメージ」と「信仰の形」があると思います。皆様の尊い「愛」と「信仰」に敬意をもって、共に礼拝を守っていきたいと思います。
 どうぞよろしくお願いたします。

草創期の佐倉教会の人びと―百二十周年記念誌の編纂から―

○ぶどうの枝第62号(2025年6月29日発行)に掲載(執筆者:MK)

 二〇二四年度の事業として取り組んでいた百二十周年記念誌は、皆様のさまざまな御尽力・御協力により、本年三月三〇日に無事刊行することができました。歴史についての部分では、草創期の教会について新しく判明したことも多かったのですが、記念誌には書ききれなかったことや、その後さらに分かってきたこともあり、四月二〇日のイースター祝会でお話させていただきました。

 草創期の牧師たち

 歴代の牧師については、百周年記念誌には一三人の方の写真が載っていますが、他にもお名前が挙げられている方がいます。嶋津虔一先生が編纂された「八十年史」(百周年誌に転載)では、一九〇四年(明治三七)に宣教を始めたソルントン宣教師夫妻が佐倉教会の「生みの親」とされていますが、同年七月には佐倉を離れており、最初の総会は同年一一月二七日(創立記念日)ですから、その時に牧師だった木村定三師が初代ということになると思います(敬称は以下略)。木村定三は同年六月に弘前から赴任しており、詳細は不明ですが、ヘフジバ・ミッションと密接な関係があったホーリネスの中心人物である中田重治が弘前出身なので、その縁なのかもしれません。この年には、手塚千織子も「伝道婦」として二月に静岡から赴任しています。
 翌一九〇五年一〇月以降は資料が乏しいが、井上伊之助・三谷碩五郎が定住伝道者と思われる、とされており、この内、井上伊之助(在職一九〇七~〇九か)は、台湾伝道者として有名であることが分かりました。聖書学院(中田重治らの東洋宣教会・中央福音伝道館の神学校)の神学生時代に、当時日本の植民地だった台湾で父親が原住民に殺害されたが、「敵を愛せ」と示され、さらに台湾伝道の召命を受けて、佐倉教会の牧師を辞した後、台湾に渡って医療と伝道に尽くした人です。自らは一人の受洗者も出せなかったが、一九四七年の帰国直前に山地の原住民がリバイバル(信仰復興)的な状態になったことを知らされ、一九七七年時点で八〇%がキリスト教徒になっているそうです。台湾で色々な紹介動画が作られており、高尾日本語教会が一〇年前に作った「父の仇討ちを乗り越えた青年―井上伊之助」には、一九〇八年(明治四一)ちょうど佐倉で牧師をしていた時期の新婚当時の写真が出ています。
 https://www.youtube.com/watch?v=OB0tQVVF-Nk&t=517s
 この二人に続く牧師は、菱谷(ひしや)与三郎(在職一九一一~一三)と鈴木仙之助(同一九一三~一六)ですが、記念誌にも書いたように元警察官だった人で、菱谷与三郎の写真は初めて見つかりました。二人とも、銚子教会の牧師だった平出(ひらいで)慶一が受洗に導き、東京の聖書学院に送った、と『主のあわれみ限りなく 平出慶一自伝』(一九八二年、日本福音基督教団成城キリスト教会)にあります。平出慶一は自らの経歴の中で、聖書学院卒業後、二年間のオブリゲーション(義務)としてヘフジバ・ミッションの銚子町の教会に赴任したと書いていますので、井上伊之助以降の佐倉教会の牧師も、聖書学院卒業後に同じ形で来ていたものと思われます。

 初代会堂前の写真

 銚子教会で一九〇六~〇八年に牧師をつとめた平出慶一のことは、同教会の米沢講治先生から教えていただき、自伝があるのに気づいて入手した所、口絵に佐倉教会(佐倉福音伝道館)が現在地に移る前の、最初の会堂の写真があって驚きました。
 この写真は百二十周年記念誌にも掲載させていただきましたが、写っている人物について、もう少し分かってきました。中央で大太鼓をたたいている平出慶一の右二人目は、当時佐倉の牧師だった井上伊之助、平出慶一の後ろの西洋人は、日英国旗が掲げられていることから、英国人(聖公会牧師)で松江で伝道して多くの弟子を育てたバックストン、その左はバックストンの弟子の一人で、聖書学院の校長をつとめ、佐倉にも何度か来援している笹尾鉄三郎、左端の方にいるのは、この後に佐倉の牧師になる菱谷与三郎と思われます。バックストンを迎えての特別伝道集会に関係者が集結した際の写真と思われ、この集会自体についての記録は見当たらないのですが、関係者の年譜から、年代は一九〇八年に特定できます。今後さらに人物やその背景が判明するかもしれません。なお、英国国旗があるのは、一九〇二年に日英同盟が結ばれ、一九〇四~五年に日露戦争があったことも背景として考えられます。
 銚子教会で見つかったグレン師関係の六点の写真については記念誌に書いたとおりですが、廻船の時代は物流の拠点として栄えた銚子に、まず宣教師館などの伝道の拠点が作られ、そこから佐倉などに伝道が進められたことが分かります。
 草創期の佐倉教会に関わった人びとの生き様に、多くのことを感じさせられます。

随想 神様の御旨にすべて委ねる

○ぶどうの枝第62号(2025年6月29日発行)に掲載(執筆者:YH)

 ヨルダン川を渡る……全地の主である主の箱を担ぐ祭司たちの足がヨルダン川の水に入ると、川上から流れてくる水がせき止められ、ヨルダン川の水は壁のように立つであろう。(ヨシュア記三章一三節)
 ヨシュアと祭司たちにとって、ヨルダン川を渡ることは、信仰によって望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することでした。神の導きを疑う気持ちはありませんでした。魂の中に何か引っかかるものを感じるのならば、そのまま前進せずに明らかな道が与えられるまで待ちました。その御声を聞く、自分の意思などはない、小指より小さな信仰によって、自分の計画も目的も全て愛の神の御旨の中に注ぎ入れ、何も持たないが、神にあって全てを得ていました。ヨルダン川の水は壁のように立つでありましょう。不思議な解放感に満たされ、罪の綱からの解放、疑いと恐れからの解放、心配、重荷、悲しみ、不安、一切からの解放でした。神の力の奥底へと漕ぎ出し、しっかりと守り救われる。その力の奥底へと聖霊に全てを委ね、沈んでいきます。
 自我を捨てるまでアブラハムは、イサクを献げました。「イサクから生まれる者があなたの子孫と呼ばれる」と言われていました。アブラハムは神が人を死者の中から生き返らせることもおできになると信じたのです。それで彼は、イサクを返してもらいましたが、それは死者の中から返してもらったも同然です。
 聖霊が私たちを満たし、私たちは満たされ、完全にされます。私たちの魂の中にある光が陰ることなどあり得ません。すべてを委ねるという契約を守っている限り。

随想 初めて教会に行ったとき

○ぶどうの枝第62号(2025年6月29日発行)に掲載(執筆者:SK)

 女学校で隣の席だったSさん、日常の会話の中で自分の家とは何か違うものを感じていました。
 ある日「教会へ行きませんか。」と誘われ、日曜の朝六時前、彼女と一緒に着いた先はカトリック教会のミサだったのです。その日は祝祭日だったのか、ピカピカで荘厳な感じでした。教会に対して全く無知だった私はカトリック、プロテスタントなど知る由もありません。ミサの間中、友達も私自身もどんな行為をしたのか……。
 終了後「うちへ寄って朝食をどうぞ」に黙って雪解けの道を歩いていき朝食をいただきました。温かな千六本の大根の味噌汁、なんとおいしかったことか。忘れられない味です。その後、半年程何度か行きましたが詳しい記憶はありません。
 卒業後、県庁に勤めた私。国道四号線を隔てた所に模造紙の貼られた立て看板によって教会のあることに気付きました。歩いて十二、三分。教会はどこも同じとしか知らない私です。
 冬を控え大根干しがあちこちに見られる秋晴れの日曜日、見つけた教会に行きました。木造、平屋建て十二、三坪六畳二間にたくさんの人が正座をしているのです。そこで背広にネクタイ、六十代半ばの牧師が説教されました。内容は全く不明です。土曜午後の十名ほどの聖書研究には和服に袴を着けて定刻に来られ、四、五名のときであっても同様で、内容は不明ながら、なぜか引かれるものがあり毎週出席しました。
 一九四九年四月イースター、多方面からの支援によって建てられた新会堂(日本キリスト教団青森長島教会)で十数名と共に、中山真平牧師より洗礼を受けました。