2025年7月6日「証し人ヨハネ」

○金 南錫牧師 ヨハネによる福音書1章6ー13節

「神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。」(6節)新しい聖書協会共同訳では「一人の人が現れた」と訳されています。つまり、一人の人が登場したのです。その名はヨハネである。そして、このヨハネが何をする人なのか、何のために、神様から遣わされたのか、7節、8節にこう書いてあります。「彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。彼は光ではなく、光について証しをするために来た。」この現れた人、ヨハネという人は、もう少し読んでいきますと、洗礼者ヨハネであることが分かります。つまり、洗礼者ヨハネは、証しをするために来たのです。

では、洗礼者ヨハネが語ろうとしている証し、その言葉は何でしょうか。それは、自分は光ではなく、光について証しをするために来た。またすべての人が彼によって信じる者となるためであるということでした。私たちも、洗礼者ヨハネと同じように、私たちは光ではありません。でも、光であるイエス・キリストを知り、イエス・キリストについて証しをすることができます。そのために、神様は私たちに信仰を与え、信仰者として私たちをこの世に遣わしてくださったのです。

続いて、9節から11節に「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった」とあります。言そのものであるイエス・キリストは、クリスマスの時に、まことの光として、この世に来てくださいました。「言は世にあった」ということはそのことです。ところが、「世は言を認めなかった」とあります。イエス・キリストが世に来たのに、残念ながら、世はそのイエス・キリストを認めなかったのです。しかし、数は少ないかもしれませんが、イエス様を信じ、受け入れる人も出て来ます。「しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。」(12節)神様が遣わしてくださった御子イエスキリストを救い主として信じ、受け入れるなら、神はその人をご自分の子として受け入れてくださいました。それが13節に「この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである」と言っています。