2026年9月13日「裏切りの予告」

○金 南錫牧師 ヨハネによる福音書13章21ー30節

イエス様は、ユダが裏切ることをご存じでした。でもほかの弟子たちと同じように、ユダの足を洗い、愛を示されました。しかし、ユダはイエス様に背を向けて、イエスを裏切ろうとしているのです。「イエスはこう話し終えると、心を騒がせ、断言された。『はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。』」(21節)。イエス様はユダの裏切りについて語るとき、心が乱れているのです。ユダもまた愛した弟子の一人だったからです。ペトロがこの弟子に、「イエス様が言っておられるのが、誰のことなのか」尋ねるように合図をしました。すると、その弟子はイエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、それはだれのことですか」と尋ねました。イエス様は「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられました。それから、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダにお与えになったのです。
「ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行った。夜であった。」(30節)ユダはパン切れを受け取ると、外に飛び出しました。そこは夜の闇であったのです。後ろには、イエス様と弟子たちの明かりのある部屋があります。ユダはその部屋から暗闇の中に出て行ったのです。この夜、イエス様は裏切ろうとしているユダのことを分かって、彼の足を洗いました。このユダのためにも、救い主の愛は注がれているのです。しかし、ユダは自分に注がれているその愛から、逃げてしまったのです。しかし、イエス様はそのユダのために、心を痛めるのです。裏切られるイエス様のほうが心を痛めるのです。それが、21節の「心を騒がせて」というイエス様の心ではないでしょうか。