○安藤 博子牧師 ヨシュア記1章1ー9節、マタイ福音書28章16ー20節
モーセの後継者にヨシュアは任命されました。その時に神様は「ヨルダン川を渡り、約束 の地へ行きなさい」「律法を忠実に守りなさい」 と勧告します。イスラエルの民は、目の前の激流と対岸の強大な敵を前にして恐怖にとらわれます。 自分たちの弱さを知っているからです。
「今のままの方がよい」と保身に囚われます。実は、神様は民の弱さをご存じでした。だから「強く、雄々しくあれ。私はあなたと共にいる」と繰り返し激励されています。 そして、民はヨルダン川を渡る決断をします。 神様の言葉の真実に気づいたからです。神様が約束の地を「与える」と言われた言葉は、 ヘブライ語の完了形。つまり「既に与えた」との意味です。弱いままのあなたでよい、 戦 うのは、神ご自身であると約束されたのです。神様が求めたのは、ただ一つ、イスラエルの信仰の決断でした。しかし、その民は、その後、「強く雄々しく」歩むことから離れていきます。神様は人間の弱さの限界を打ち破るために、御子主イエスキリストをこの世に遣わしたのです。ですから、私たちキリスト者は、弱くとも、主が共にいるから強いのです。「強く、雄々しくあれ」とは、自分の力で強くなることではありません。神の愛に信頼し、縋って生きることです。主の愛に応えたいという信仰の決断こそが、聖霊を受けた新しいイスラエル、キリスト者が歩む道です。

