○金 南錫牧師 ヨハネによる福音書10章1ー10節
「門から入る者が羊飼いである。門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。」(2-3節)囲いの中には、ほかの羊飼いの羊もいるので、羊飼いが自分の羊の名を呼んで連れ出します。羊は羊飼いの声を聞き分けます。「自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。しかし、ほかの者には決してついて行かず、逃げ去る。ほかの者たちの声を知らないからである。」(4-5節)羊飼いは、羊を自分の子どものように、一匹一匹名を呼んで、連れ出すのです。羊たちはその声を知っているので、ついていくのです。そして、羊飼いは、羊たちを後ろの方から追うようにして、前進させるのではなく、羊たちの先頭に立って歩んでいきます。しかし、「ほかの者には決してついて行かず、逃げ去る」とあります。飼い主でないほかの人が門から入って来て、羊を外に連れ出そうとしても、羊たちはついて行かず、逃げ去るのです。それは、語っている声が違うからです。
イエス様は「わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。」と言われました(9節)。また「わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。」と言われました(10節)。本当に豊かな命に通じる門はただ一つです。それがイエス・キリストとの出会いなのです。イエス様は羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるために、来たと言われます。

