○金 南錫牧師 ヨハネによる福音書9章1ー12節
イエス様がエルサレムの近辺を歩いておられる時、生まれつき目の見えない人を見かけられました。その人はエルサレム神殿の礼拝に来る人たちに物乞いをして生きていた人でした(8節)。弟子たちがイエスに尋ねました。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」(2節)弟子たちの質問に対して、イエス様は「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」と答えられました。
イエス様は「地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった」のです(6節)。そして、シロアムの池に行って洗うように命じました。彼がその通りにすると、生まれつき見えなかった目が見えるようになったのです。イエス様を通して、癒してもらったのです。神の業を経験したわけです。私たちも日々の生活の中で、イエス様の助けをいただいて、神の業を味わい、歩んでいけますように祈り願います。

