2026年4月19日「イエスとアブラハム」

○金 南錫牧師 ヨハネによる福音書8章39ー59節

ユダヤ人たちが「私たちの父はアブラハムです」と言うと、イエスは「アブラハムの子なら、アブラハムと同じ業をするはずだ。ところが、今、あなたたちは、神から聞いた真理をあなたたちに語っているこのわたしを、殺そうとしている」と仰いました(40節)。つまり、アブラハムは父なる神の言葉に従ったことによって、信仰の父となりましたが、あなたたちはそのアブラハムとは全く違うことをしていると、イエス様は言われたのです。アブラハムとは別の父がいるような発言に、ユダヤ人たちは「・・・私たちにはただひとりの父がいます。それは神です」と言ったのです。もしそうであれば、神の子であるイエス様と、神の子であるユダヤ人は愛し合うことができるはずです。でも、それができない。イエス様はその理由について、こう仰います。「わたしの言っていることが、なぜ分からないのか。それは、わたしの言葉を聞くことができないからだ。」(43節)ユダヤ人たちはイエス様の語りかけを受け入れず、敵対し、イエスを殺そうとしているのは、彼らがイエス様の言葉を謙遜に、聞くことができないからです。これは信仰をもって神に属する者として歩んでいる私たちの課題でもあります。