2025年9月14日「神の愛」

○金 南錫牧師 ヨハネによる福音書3章16ー21節

 今日のヨハネ福音書3章16節は、黄金の聖句と呼ばれ、福音のエッセンスが凝縮された聖句です。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」この言葉はまず、神が御子イエスキリストをこの世に遣わしてくださったことを示しています。私たちが一生懸命頑張って神の所へ行くのではなく、神の方が私たちの所に来てくださったということです。神は私たちを愛するために、「その独り子をお与えになった」その「お与えになった」という言葉の中に、イエス・キリストの十字架上での叫び、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」という父なる神と引き裂かれて行くその苦しみがあります。また、それを聞く父なる神の痛み、そのすべてがこの言葉に含まれています。それほどの愛をもって、神は私たちを愛しておられたのです。その神の愛について、3章16節の後半には「独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」とあります。ヨハネ福音書17章3節に「永遠の命とは、唯一のまことの神であるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることである」とあります。神は御子を信じる者が一人も滅びないで、この永遠の命に生きることを願っておられます。そのことをさらに語っているのが、続く17節の言葉です。「神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」神が御子イエスキリストを遣わされたのは、世である私たちが裁かれるのではなく、御子によって救われるためです。この神の愛があるから、私たちに希望があるのです。