2020年3月1日「神が結び合わせたもの」

○金 南錫牧師 マルコによる福音書10章1-12節

 1節に「ヨルダン川の向こう側」とは、ヨルダン川の東側を意味し、当時のペレア地方を指すものです。当時このペレアはガリラヤ地方と同じく、ヘロデ・アンティパスが支配する地域でした。本日の箇所に語られていることも、このペレアで、つまりヘロデの支配下で起ったと考えることに意味があります。
 というのは、本日の箇所の主題である離婚、離縁の問題は、ヘロデの支配の下では触れてはならないタブーとされていたからです。ヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻であったヘロディアを、フィリポと別れさせて結婚したのです。そのことを厳しく批判したのが、洗礼者ヨハネでした。
 彼は「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」と非難した結果、牢獄に入れられ、首を打ち落とされて殺されたのです。ですから、ヘロデの支配下で公にこの問題に触れることは、このように死を招きかねないことだったのです。そのペレアで、ファリサイ派の人々が近寄って、「イエスを試そうとした」のです。
 彼らはイエス様に問いかけました。「夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」。この問いに対して、イエス様は直接に答えることをしないで、「モーセはあなたたちに何と命じたか」と問い返されました。律法ではなんと言っているかということを、彼らに答えさせたのです。
 彼らは「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」と、申命記24章1節の「人が妻をめとり、その夫となってから、妻に何か恥ずべきことを見いだし、気に入らなくなったときは、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせる」という律法の一つを用いて答えました。
 しかしイエス様は、「天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」と、語られたのです。
 ここで、イエス様が強調しておられることは、男女平等の考えなのです。「結び合わせてくださった」というのは、「共に軛を繋いでくださった」という意味にもなります。共に軛を負い合って、一つとなって生きることが、両者に開かれている道だったのです。