「わたしではありません。神が」

○金 南錫牧師   創世記41章14-57節

 ヨセフは、ファラオの夢を解き明かしました。「ファラオの夢は、どちらも同じ意味でございます。七頭のよく育った雌牛、七つのよく実った穂は、七年間の大豊作を表しています。そして、その後にやってきたやせた七頭の雌牛、また痩せて干からびた穂は、七年間の飢饉を意味します。また、この飢饉は先の豊作など忘れさせてしまうほど、激しいものです。また、夢が二度繰り返されたのは、神がこれを速やかになさるからです」という解き明かしでした(25-32節)。

ただ、ヨセフは一貫して神中心の立場を貫きます。ファラオから「お前は夢の話を聞いて、解き明かすことができるそうだが」と問われた時に、「わたしではありません。神がファラオの幸いについて告げられるのです」と答えるのです(16節)。また、雌牛の夢を解き明かした時には「神がこれからなさろうとしていることを、ファラオにお告げになったのです」と言いました(25節)。さらに、穂の夢についても28節で、「神が…」と同じ言葉を繰り返すのです。ヨセフは、神に対する信仰を失いませんでした。困難の中にありながら、神をより信頼し、「わたしではありません。神が」という信仰を持ち続けていたのです。