○ぶどうの枝第63号(2026年6月28日発行)に掲載(執筆者:YH)
キリストを信じて信仰生活を送っている事は、わたしたちの大切な生活の一部になりつつ、キリストはわたしたちのために清い命を捨て十字架にかかりご自身を完全な犠牲として神にささげ、わたしたちの贖いとなられました。その義の実と、深い恵みは、永遠の命をわたしたちにお与えになるのです。
わたしたちの罪を許して義とされました―永遠の命を得られるのです。
信仰生活の中でパブテスマと聖餐と聖礼典が行われて愛のわざに励みながら、主が再び来られるのを待ち望みます。
「わたしたち信じる者は、安息にあずかることができるのです。」(ヘブライ人の手紙四章三節)
聖霊の働きは、安息は御恵みによって与えられるのです。信仰生活、信仰を深く進めよう!御言葉には学ぶことが沢山あります。御言葉は信仰の大切な糧となります。
でも信仰生活は神様の聖霊によって満たされた時、一帆風順になっているが、満たされなかった時もあります。信仰がうつるような祈りをするのは、神の約束を忘れて困難な状況だけに思いを集中している場合に起こりやすいものです。
アブラハムは「そのころ彼はおよそ百歳になっていて、既に自分の体が衰えており、そして妻サラの体も子を宿せないと知りながらもその信仰が弱まりはしませんでした。彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰によって強められ神を賛美しました。神は約束したことを実現させる力もお持ちの方だと確信していたのです。(ローマの信徒への手紙四章一九~二一節)
わたしたちは昔のアブラハムの強い信仰と認められた義を学びなさい。わたしたちの生活は単純な平地だけではなく山あり谷ありは真実です。山と谷は「主の栄えがあらわれ人は皆ともこれを見る。」(イザヤ書四〇章四~五節)山と谷も主の試練であり「あなたがたがいろいろな試練に取り囲まれているときは、いつもそれを非常に喜ばしいことと思いなさい。あなたがたの信仰が試されることによって、忍耐する力が生まれると確信していなさい。(ヤコブの手紙一章二~三節別訳)山の山頂に無事に登る事、谷を無事に渡り越える事、忍耐を持たせるために「誘惑に陥らないように目を覚まして祈っていなさい。」(マタイによる福音書二六章四一節)信仰とは感じられるものでも目に見えるものでも理由がわかるものではなく、ただ神の御言葉をそのまま受け取ることである。心配の始まりは信仰の終わりであり、真の信仰の始まりは心配の終わりである。(ジョージ・ミュラー)
すべて主に委ねます。わたしたちの信仰が王冠をいただけるのは、この時です。嵐の中でも空を見上げて恐れおののいているのは「万事はわたしに告げられた通りになっていくとわたしは信じている。」(使徒言行録二七章二五節別訳)
私たちは生きても死の危険にあっても魂と肉体のすべてを主の御旨は常に成るのだから、御旨の暗い部分、御心という聖なる星の光で照らし出されるのだから。主は試練のためのお備えです。試練中「わたしは自分の置かれた環境に満足することを習い覚えたのです。貧しく暮らすすべても、豊かに暮らすすべても知っています。満腹していても空腹であっても物が有り余っていても、不足していても、いかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしはすべてが可能です。」(フィリピの信徒の手紙四章一一節~一三節)
わたしたちは、パウロとテモテと共にいます。パウロとテモテを学びなさい。すべてを捨てて神様の御恵みはすべての物が何倍にもなって迫っている事に気付くはずです。思い煩わず恐れずにすべてのことは善きに働くのだから「あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい。繰り返して言うが喜びなさい。」(フィリピの信徒への手紙四章四節)
なんの喜びも感じられないような友も足取りは重く人生にどんな慰めも励みも見つけられないような時にも喜び続け、そのような状態も神があなたの信仰に報いてくださいます。パウロとシラスを学びなさい。「真夜中ごろパウロとシラスは神に祈り賛美を歌い続けたが囚人たちは耳をすませて聞いていた。」(使徒言行録一六章二五節)「イエスの焼印を身に受けているのです。」(ガラテヤの信徒への手紙六章一七節)
わたしたちは、栄えに輝いています。深い平安を与えてください。「沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ。」(詩編三七章七節)の報いです。
さらに信仰生活に「わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあってもキリストのために満足しています。なぜならわたしは、弱いときにこそ強いからです。」(コリントの信徒への手紙Ⅱ一二章一〇節)
わたしたちは、自分の十字架を喜ぶことを教えてくださる主はわたしたちに与えられた刺の価値を教えてくださって痛みの道を通ってどのようにしてあなたの御許へと上昇していける力を教えてください。それは涙の目で虹を見るようにだと教えてください。
わたしたちはすべて主に委ねなさい。「彼はわたしの歩む道路を知っておられる」(ヨブ記二三章一〇節)主の道で神様の導きを待ち、その御声を聞く。神と共に嵐中を通るなら深い安らぎの中へと入っていけます。主の御恵みを信じなさい!死を打ち砕かれました!「主はその王座を天に堅くすえられ、その天国すべての物を支配する。」(詩編一〇三編一九節別訳)「わたしの平和をあなたがたに与える」(ヨハネ福音書一四章二七節)この御言葉を信じなさい!私たちは純粋な心で待ちなさい。主を信頼せよ!永遠の命を得るために。主のまっすぐな道を与えるように。
