○ぶどうの枝第63号(2026年6月28日発行)に掲載(執筆者:TI)
この場所で、奨励をしてから四年半が経ちました。今回で、佐倉教会での奨励の機会は三回目をむかえました。
前回は、コロナの真っただ中の二〇二一年でした。
奨励の内容は、教会の墓地管理委員として色々な教会員方々の納骨に立ち会ったこと、認知症の義母を見送ったこと等から、神様を一層身近に覚え、そして勇気を出してこれから生きられると確信して終わりました。
一、自分の置かれてきた境遇について
今回の奨励は、この四年半の間に起きたことからお話いたします。
私は、姉、兄、私三人兄弟の末っ子として生まれました。兄は、三歳年上で、私が大学を卒業するまで、生きる上での手本であり、厳しい先生でした。兄と同じ大学、ゼミで学び、就職に当たっては兄と同業の銀行に就職しました。
就職後は、勤務先の上司・同僚との交遊多忙で、兄の呪縛から解き放たれました。ようやく、二十歳代の中頃で自立することができました。
その兄が、コロナ禍で三年前になくなりました。無くなってみると、自分の心の中に、ぽっかりと穴が開いた状態になりました。自分がいかに兄から多くの影響や恵みを受け生きてきたのかと思うのでした。特に、大学生になったとき、英会話の勉強のため、バプテスト教会のアメリカ人の女性宣教師ネルソンさんのバイブルクラスに連れていってくれました。当時は、私は英会話上達だけのために通いました。
ネルソン先生は、いつも「信仰を持つことは、自由になることです」との言葉を、述べられました。今でも思い出します。
しかし、当時は、全く、その言葉に関心を向けることもありませんでした。しかし、今、振り返る時、この言葉は、後の「教会生活への道」に進む一助となったことは忘れがたい思い出です。
兄は、残念ながら、教会生活を送ることはありませんでした。
次に心の中に大きくぽっかり穴が開いたことは、自分が就職した職場のことです。
一昨年、都心に用事があり、かつて勤務していた東京の日比谷公園の前の三十階建て銀行の本社ビルがあった前を通ったとき、本社ビルが、きれいに取り壊されていました。築五十年弱でした。
そこの本社勤めは、通算十年弱でしたが、私をサラリーマンとして育てていただいた方々との関わりが多くあったところでした。
私の上司で、毎朝、銀行に七時半に出勤し、サラリーマンはかくあるべしと指導を受けた方は、一昨年パーキンソン病でなくなりました。
また、私と同世代のライバルとして、地方支店で一緒に働いた方も、心臓病で一昨年なくなりました。
こうした思い出が詰まった銀行員時代の象徴的なものが、ここ数年で、音をたてて崩れ、無くなっていきました。心の中にぽっかりと穴が開いたみたいでした。銀行の組織から離れて十五年余になります。私の心の中でも、そのようなサラリーマン時代の大方の思い出は、今では、遠い彼方へと消えていきました。
しかし、忘れられないのは、四十歳になる前の世田谷の社宅生活をしているときでした。
私が、公私にわたって悩みの中にあったとき、当時社宅内で教会生活をしているご家族の紹介で「経堂緑が丘教会」に行くようになりました。
そこで夫婦で洗礼を受ける機会にめぐまれました。このときから私たちの教会生活が始まりました。
今、思い返えせば、このような自分の置かれていた境遇の中においても、神様は、次の備えをしてくださっていたのだと思います。
このような月日を経て、昨年八十歳の誕生日を迎えました。今までいきてきた人生は、「想定外の連続」でした。
二、これからの人生も「想定外の連続」だ
「想定外」とは、私たちの思いに相反する感情の波を起こす出来事のことです。即ち、例えば、今までできていたことが、急にできなくなることで心の内の不安が増幅することです。実は、人間の成しえることには、肉体的にも、精神的にも、必ず限界があるということです。
今この時、私は思う、
自分の車の運転はいつまで出来るだろう?
スポーツクラブへはいつまで行けるだろう?
今の家にいつまで住んでいられるだろう?
妻は、今は元気だが、自分より先に召されることがあるだろうか?
妻が召されたら、食事はどうするのだろう?
話相手がいなくなったら、自分の心のバランスは大丈夫かしら?
今の家で一人で生活してゆけるかしら?
そして教会生活はどうなるのだろう?
自分で歩き、電車に乗って、教会までいつまでいけるだろうか?
これらの今後起こるであろうことは、想像できても、実際に、発生したとき、肉体的にも、精神的にも、対処する力はあるのだろうか。
このとき、「自分の限界」に直面し、あたふたするだけではないだろうか?と想像します。
しかし、今、この時、私は思います。この世のすべてのことは、「神の計らいの内にあるのではないか?」と。
もしそうならば、神様にすべてを委ねて生きる。自分の「想定外」で起きたことは、「神様のみこころ」と受け止めて生きる。
そして、その時、これからは、自分で「出来ることを、出来るときまでやる。」という考え方を実践し、喜び楽しんで死ぬまで、無理をしない生き方に徹すれば「いいのだ」と思います。
三、八十歳を超えた「人生の第四コーナー」をどう生きるか。
陸上競技では、第四コーナーに入ると、ラストスパートをかけます。しかし、私たち老人の第四コーナーは、自分の弱さを自覚して、ゆっくり生きればよいと思います。
テサロニケの信徒への手紙一の五章一六~一八節に、「いつも喜んでいなさい。絶えず、祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて神があなたがたに望んでおられることです。」とあります。
この、「喜んでいなさい」、「祈りなさい」、「感謝しなさい」について、少し付け加えさせていただきます。
① いつも喜んでいなさいとは、即ち、喜びを見つけることとは?
どのように喜びを見つけるのでしょうか?これからの生活で、困難に出会ったときどうするのでしょうか?
パウロは「困難を克服すべく努力しなさい」と書いています。
その困難を克服する努力中に、「自分の弱さ」を認識し、自覚し、そして、「新たに自分で何か出来ることはないか」と考えて、「できること」、即ち、「希望」を見出して、それを「喜び」とすることです。
② 絶えず、祈りなさいとありますが、神様に祈ることとは
八十歳を超えたこの年頃になると、身近な知人が天に召されて、知人が少なくなっていきます。寂しく、気弱になりがちです。そのような時こそ、神様は、私たちのそばにいてくださり、悩みや、苦しみを伝え、祈ることが出来ます。もちろん、楽しいことがあれば、神様に報告し、喜びを共感することが出来ます。さあ、これからは「祈りの生活」を深めていきましょう。
③ 最後に、感謝すること
今、このような平安の日々を与えられています。
毎週主日礼拝に出席することが出来、教会生活を全う出来ていることに感謝いたします。
この佐倉の地の「自然の恵み」に囲まれて、四季折々の美しさをめでることが出来る喜びにも感謝いたします。
一日一日が「感謝」の連続です。
このように色々と考えてくると死を意識しない生活、即ち、「死を恐れる」ことなく生きていくことが出来るのではないでしょうか。
そして、このような生活を実践することで、いつでも天に召されることを良しとすることが出来るのではないでしょうか。
今を生きるわたしたちに昨年亡くなられたカトリックの信者であり小説家であった曽野綾子さんの言葉をお伝えいたします、
幸せは弱さにある
自分の弱さを自覚するとき、
初めて強くなる方法を見出す。
とあります。私も、そうありたいと思っています。
お祈りいたします。
ご在天の父なる神様、本日、奨励する機会を与えられたことを、感謝いたします。神様は、いつも私どものそばにいてくださり、励まし、導いてくださります。この言い尽くせぬ恵みに感謝いたします。尊き主イエス・キリストのみ名により御前に感謝と賛美の祈りを捧げます。アーメン
(二〇二六年三月二十九日の奨励をまとめ直したものです。)
