○ぶどうの枝第63号(2026年6月28日発行)に掲載(執筆者:YA)
レバノンにいた頃友人のサミールと雑談していた時に、「イエスがガリラヤ湖の水の上を歩いた」という話題になりました。「それは彼が神の子だからできたんだろう」と、私が答えたのに、彼は笑いながら「イエスは船頭に払うお金がなくて仕方なく水の上を歩くしかなかったんだよ」と言ったのです。怪しからんことを言う奴、とそのとき私は思いました。日本人の私にとってイエスを冗談の対象にするという発想はありません。でも、彼はイエスを身近な存在、いわば友達として見ていることに気づかされたのです。彼のイエスへの友達感覚は私にはないものでした。イエスは「わたしはあなた方を友と呼ぶ」(ヨハネ一五章一五節)と言っています。サミールにとってイエスは正しく友達なのです。私とイエスとの距離感は彼より大きいと思わされました。レバノンの首都ベイルートから海岸沿いの南に、さらにもう少し行くとスールという村があります。聖書ではシドン、ティール(ツロ)と呼ばれているところで、イエスがここを訪れたことが書かれています。聖書の世界はレバノンの人々には地元の話なのだと思います。
アメリカの黒人の話し言葉には独特のものがあり、Jesus is bad という言い方があります。その言葉通りなら、イエスは悪いやつ、ということになります。しかしその裏の本当の意味は「イエスは最高」という意味らしいのです。イエスを褒めたたえる言葉としては amazing, great などがありますが、それらの形容詞では物足りない、もっともっと褒め讃えたい、と行き着いたのが badということになるのでしょう。アメリカ人の多くがこんな台詞を口にしているわけではありません。しかし彼ら、特に黒人のイエスに対する感じ方を概ね表していると思われます。イエスはワルイ奴、と言って褒め讃えるということは、イエスとの距離感覚がとても近く、ある意味で友だち感覚なのだと思います。日本語でも「あなたってワルイ人ね」は、実際は「あなたってステキ」であり、「あいつワルイやっちゃ」と言うとき、「あいつ、いい奴」という意味になることがあります。
日本ではイエス様、と呼びます。仏教では仏様、です。でも外国ではイエスに「様」をつけることはありません。また日本語聖書では「イエスは湖の上を歩いて行かれた」と敬語の動詞を使いますが、英語などでは単に「歩いて行った」という言葉になり動詞に敬語はありません。このように他の言語に見られない日本語の敬語表現は美徳と言えるでしょう。でもその美徳がイエスとの「友達づきあい」を躊躇させる原因になっているのかも知れません。
ある教会での話です。次第に視力が衰えるという病気の娘さんがいました。彼女は祈りましたが視力を失ってしまいました。「あんなに一生懸命に祈ったのにどうして神様は私の願いを叶えてくださらなかったのでしょうか」と彼女は牧師に尋ねました。とても答えに窮する質問です。牧師は、こう言ったそうです。「神様のバカヤロウと言いなさい」と。
ここで少しばかり話が脱線します。小学六年の古田幸さんのお母さんが突然亡くなった時お母さんを想う詩を書きました。その詩の最後は「お母さんのバカ」で結ばれています。子供が親に言うときだけに許される、またお母さんへの切ない思慕の表現でもあります。「お母さんのバカ」は他の言葉に言い換えることはできません。
先ほどの「神様のバカヤロウ」、のお話にもどります。これは本質的には先の幸ちゃんの「お母さんのバカ」と同じで「お父さんのバカ」です。失明した娘さんの割り切れない思い。祈りがかなわなかった悲しみと苦しみに立ち向かうには「神様のバカ」と言うしかない、と牧師は考えたのでしょう。父なる神を「お父さんのバカ」と呼ぶことで、子供は父なる神との本来の関係に立ち返るということです。全てを父なる神に委ねます、という信仰告白です。この娘さんは立ち直ります。その後、彼女とそのお母さんと、私はずっとクリスマスカードのやりとりを続けています。その牧師は元八千代台教会の大橋弘先生、昨年の春に天に召されました。
私たちも昔は子供でした。大人になりよけいな知恵を身につけてしまいました。知恵の中で一番いけないのが、疑うということです。でも人は大人になっても子供の部分を持ち続けています。子供は親を信頼して全てを委ねることで生きています。「子供のようになりなさい」とイエスは言われました。その子供の頃の心に立ち返りなさい、ということです。最後に八木重吉の「みんなもよびな」という詩を読みます。
さて あかんぼは
なぜに あんあん あんあん なくんだろうか
ほんとに うるせいよ
あんあん あんあん
あんあん あんあん
うるさかないよ よんでるんだよ
かみさまをよんでるんだよ
みんなもよびな
あんなにしつこくよびな
(二〇二五年十月十二日の奨励をまとめ直したものです。)
