○ぶどうの枝第63号(2026年6月28日発行)に掲載(執筆者:HK)
二〇二五年十月十九日の修養会の時にお話しした「わたしの好きな本」について少し書かせていただきました。
八月に聖書協会が毎年開催しているキリスト教視聴覚教育講習会、これは一日だけのプログラムですが、ここ二年ほど参加しております。今年は「子どもと学ぶ聖書の言葉―児童文学から味わう聖書の言葉―」という題で、講師は墨田聖書教会教職で、大人のための子どもの本の読書会を開いている、宮葉子さんというかたでした。
みなさんよくご存じの「ハイジ」「若草物語」「ナルニア国物語」「大草原の小さな家」「赤毛のアン」など、すべて聖書の言葉、神様の愛が土台になっています。直接的、あるいは間接的に聖書の言葉がでてきます。それをさがすのが楽しいと思いました。そういう読み方など考えていなかったので、改めて児童書を読み直し始めました。きちんと読んでなかったりしたものもあり、神様の愛を味わいながら読んでいます。
「ハイジ」、「若草物語」、「ナルニア国物語」の一冊、を終え、今は「赤毛のアン」です。どれも祈りについて、心を注いだ祈りは聞き入れられること。でも神様の方法と時期は誰にもわからない。(「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」コヘレト三章一節)神様はだれも見捨てない。神様の愛があふれています。(「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」ヨハネ三章一六節)
そのほかにこの年になって読んでみると、若いころには思いもよらなかった、主人公のまわりの大人の存在が気になりました。アンでいうとアンを引き取ったマシュウとマリラの壮年の兄弟、二人とも独身の兄と妹ですが、その存在の大きさ、人物描写のすばらしさなど丁寧に描かれていることに気づきました。
アンがはじめて主の祈りを教わったとき、音楽の一説のようで、詩的で美しいと表現しています。主の祈りもいろいろの視点からしっかりと味わっていきたいと思いました。
また今度は原語で読んでみたいなとも思いました。児童用なのでそんなに難しくないのではないか・・・別の視点も得られるのではないでしょうか。ちょっと楽しみです。
