「わたしを愛しているか」 ヨハネによる福音書 二一章一~一七節

○ぶどうの枝第63号(2026年6月28日発行)に掲載(執筆者:金 南錫牧師)

 私はシモンペトロです。ガリラヤの湖で、魚をとる漁師でした。ある日の朝、仲間と共に網を洗って後片付けをしていました。そこへイエスという方が来られ、私に「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われました。私は率直に言いました。「先生、私たちは夜通し働きましたが、何もとれませんでした。しかし、あなたのお言葉ですから、網を降ろします。」すると、おびただしい数の魚が、網にかかりました。これを見て、私はイエスの足元にひれ伏して「主よ、私から離れてください。私は罪深い者です。」と言いました。しかし、イエスは「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師となる」と答えてくださいました。そこで、私はすべてを捨て、イエスに従いました。これが私の弟子としての出発点です。
 また、ガリラヤの丘で、イエス様が私に「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。」「空の鳥を見なさい。種もまかず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。」と仰いました。私は心の底から自分はただ生きているのではなく、生かされているんだなぁと思いました。私はこのイエスこそ、イスラエルをローマの支配から解放してくれると確信しました。

 しかし、イエス様は十字架にかけられて、あまりにも弱々しくて、悲惨な死を遂げてしまいました。絶望した私は、ヨハネとヤコブなど、友たちと一緒に、三年間離れていた家に帰りました。ある日の夜、友たちと一緒に漁に行きました。夜が明けるまで、網を投げましたが、魚は一匹も捕れませんでした。しかし、そのことで失望はしませんでした。そもそも魚をとりに行ったつもりではなく、亡くなったイエスに対する心の痛みを慰めるために行ったからです。
 明け方、陸に上がった時、誰もいなくて波の音だけが聞こえていました。その時、ある人が岸に立っていました。遠くから見て、イエス様に似ていると思いました。事実を確認するために、走っていく私の心が揺れ始めました。なんと目の前にいるその方はイエス様でした。その方がイエスであると確認した瞬間、私の心は震え始めました。喜びもありましたが、むしろ恥ずかしい思いでいっぱいでした。なぜなら、イエス様が亡くなる前に、弟子としてやってはいけないことをしたからです。私はイエス様を裏切ってしまったのです。

 イエスは震えている私を呼ばれました。「ヨハネの子シモン」これは弟子として呼んでくださった時と同じ名前です。また、過去三年の間に、私を呼んでくださった優しいイエス様の声であると、すぐわかりました。イエス様の死により、いまだに心の中に残っていた痛みや喪失感が回復する時が来たと思いました。しかし、その次に出てくる先生の質問は、私をはっとさせました。「この人たち以上にわたしを愛しているか。」
 予想できなかった質問でした。私は最後の晩餐の時、「たとえ、みんながあなたにつまずいても、私は決してつまずきません」と言いました。自信満々で堂々とした告白でした。しかし実際はそうではなかったです。私はイエス様を裏切ったのです。そんな私がどうして、主イエスの質問にすんなり答えることができるでしょうか。しかし、頭の中の考えとは違って、口からは「はい、主よ、私があなたを愛していることは、あなたがご存じです。」そう答えていました(一五節)。もちろん、昔ほどの自信満々な声ではありませんでした。しかし、このような私に「わたしの小羊を飼いなさい」と、主イエスは言ってくださったのです。
 この言葉の意味を考える時間もなく、主イエスは「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか」と、二度目の質問をしました。再び私の口は「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と答えていました(一六節)。その時、私の心に一つのことが思い出されました。それは、イエス様がつかまった日の直前、私とヨハネとヤコブと一緒に、ゲツセマネというところに連れて行かれたことを思い出しました。「目を覚まして祈りなさい」とおっしゃいました。イエス様は血の滴るような汗を流して、祈っておられました。ところが、私はそのイエス様の深い苦悩に参加するどころか、深く眠っていたのです。そんな私に、イエス様は今「わたしの羊の世話をしなさい」と言われました。私はどういう意味かと尋ねたかったのです。しかし、イエス様はそれを許しませんでした。
 三度目にイエス様は言われました。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」この三度目のイエス様からの質問に、私の胸は詰まりました。悔いる思いで一杯でした。しかし、その思いとは裏腹に、私の口はまたしても「主よ、あなたは何もかもご存じです。私があなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」と答えてしまいました(一七節)。この時、人々がイエス様を捕らえ、連れて行った大祭司の家のことが思い出されました。私は、屋敷の中庭の中央に火をたいて、座っていた人々の間に入り、そのうちの一人と思われることを願いました。その際、「この人も一緒にいました」という門番の女中の質問に、「わたしはあの人を知らない」と裏切りの言葉を口にしたのでした。またほかの人から「お前もあの連中の仲間だ」という声が聞こえました。私は「いや、そうではない」ときっぱりと答えてしまいました。しかし、自分の身についたガリラヤの言葉遣いは出てしまうのです。また、別の人が「確かにこの人も一緒だった。ガリラヤの者だから」と言い張りました。その時、私は「あなたの言うことはわからない」と叫んで先生を否定しました。

 このように、三回もイエスを否定した私に、三回も主イエスは「わたしを愛しているか。わたしの羊を飼いなさい」と言われました。私は耐えられませんでした。むしろ、「ヨハネの子シモン、あなたはどうしてわたしを否定したのか。死んでも私を知らないとは決して言わないというあなたの約束が、そのように簡単にも崩れたか」というふうに、私を非難していただければ、私の心の重荷は少しでも軽くなっていたかも知れません。
 復活された主イエスがガリラヤの水辺に現れて、三回の質問をして、三回のご命令を私にくださったその日、私の心には、主イエスに従うことに失敗した私を、変わらず迎えてくださったイエス様の愛が響いてきました。「わたしを愛しているか。」「わたしを愛しているか。」「わたしを愛しているか。」