2019年5月26日「御心と癒し」

○金 南錫牧師
 マルコによる福音書1章29-39節

 本文に出てくる「重い皮膚病」を患っている人は、自分に人が近づいてくるたびに、「わたしは汚れた者です」と言って、自分の病を知らせなければなりませんでした。つまり、当時のユダヤ人社会において、重い皮膚病の人は単なる病人ではなく、「汚れた者」と見なされ、扱われていたのです。
 40節にこの人は、「イエスのところに来て」とあります。これは、イエスのへの信頼を表しています。そして、ひざまずいて「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言って、自分のすべてをイエスに委ねたのです。その姿を見て、イエスは深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなったのです。
 まさに日々の私たちの生活の中心に、主の御手があることを覚えたいものです。日々の生活の中心にある私を主イエスの御手に委ねる決断が必要です。すると、主イエスは愛をもって手を差し伸べ、接してくださるのです。

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