美子の取材日記(五) 狐狸庵先生の劇団

○ぶどうの枝第52号(2020年8月30日発行)に掲載(執筆者:YK)

 「きみはやせっぽちで色気がないなぁ」。
 そう言いながらクリクリッとおへそを触ったのは、キリスト教をテーマにした小説『海と毒薬』や『沈黙』『深い河』などを著した遠藤周作先生。黙っているといかついお顔だけれど、実はユーモラスでめちゃくちゃいたずら好きな人だった。
 先生は、「人は人生というそれぞれの舞台の主役なのだから」と、自ら樹座(きざ)という素人劇団を立ち上げて、一般から有志を集めては大劇場のステージでスポットライトを当て、全国から募ったあか抜けない素人たちをまとめてぽんこつな演劇を何年にもわたり開催し続けた。国立劇場やら今となっては懐かしすぎる青山劇場なんていう、ベテラン俳優しか立てないステージで、だ。
 一九九〇年ごろ。当時まだ新人だった織田裕二さん、別所哲也さんらの取材を、樹座のお稽古の日程と場所に合わせて設定してもらい、今、思えば私はわがまま放題の仕事ぶり。
 樹座の世話をするスタッフは、先生ゆかりの出版社である新潮社や文芸春秋の編集者ら。それらの雑誌で座員募集広告を打ち、全国から「台本のせりふは棒読みで演技が学芸会みたいに下手くそ、音痴で歌はなってない、ラインダンスの足が上がらないけれども、一生に一度でいいから舞台に立って観客の前で輝いてみたい」と夢みる人たちが全国津々浦々から東京へオーディションを受けにやってくる。
 で、わたしは「樹座新聞」を立ち上げるよう指示されたけれども、なんだかんだ言って逃げ切った。その代わりに座員を取りまとめる係を押し付けられた。